マンション最上階の一室で、長い黒コートが月明かりに照らし出されていた。

 二丁の銃とナイフが隠された黒を身にまとう身体は、その細い線を浮き立たせている。ぴたりと止んだ風に、光に透き抜ける灰色が蒼い光を帯びながら、ふわりとその髪を落ち着かせた。

「金島本部長が所定の位置についたことを確認しました。すべての準備が完了です、ナンバー4」

 ベランダ前から外を眺めていた雪弥は、後ろの夜狐に「そう」と答えた。床に膝をついていた夜狐が、上司から放たれる沈黙を読みとったように顔を上げる。

「ナンバー4、何を考えられていらっしゃるので?」
「ん~……常盤の酔狂に付き合うかどうか、と考えてる」

 どうせ皆殺しだしなぁ、と冷ややかな声が夜風に舞った。

 碧眼の瞳の中で淡い光が揺れ、室内の空気が一瞬重々しい殺気に満たされる。見えない刃を四方から受けたように、夜狐の身体がわずかに強張った。

 そのとき、ベッドの上から乾いたバイブ音が上がった。そこには、まだ付けられていないストラップ人形の「白豆」もいて、ふっと途切れた緊迫感に夜狐が面越しに安堵の息を細くこぼした。

 対する雪弥は、渋々といった様子で自身の携帯電話を振り返りつつも、その表情に「迷惑だ」と露骨に浮かべた。使い慣れた携帯電話は、午後十時頃からベッドに放置されていて――

 あれから二十分、同じ人物からの着信が五件入っていた。

「……お取りにならないのですか?」
「いやいやいやいやいや、僕は兄さんの着信なんて気付かなかった。携帯電話がどこにあるのかさえもさっぱりで、僕は出られない状況だったわけで」

 一人虚しく言い訳を並べたが、夜狐の無反応を前に雪弥は項垂れた。携帯電話が震える音は長く続き、いっこうに止む気配がない。


 兄からの一回目の着信は突然だった。雪弥は一回目から、気付かない振りを決め込んだ。その呼び出し時間がひどく長くて、胃をギリギリと締めつけてくる。

 催促するように掛かってきた二回目の着信に、雪弥は「蒼緋蔵家の雪弥はもういません」と言い逃げしたい衝動に駆られた。それはさすがに子供じみた行動だろうと冷静になり、現在六回目の新たな着信バイブ音を聞いている。


「…………勘弁してよ」

 蒼緋蔵家と関わりを持たなくなってから、十九年が経っていた。生活費、養育費の金銭援助をもらわなくなってからは八年が過ぎた。

 その間、何度も脳裏に横切っていた考えは、父の戸籍から完全に離れることだった。特殊機関の力で認知の痕跡すら消し去り、蒼緋蔵家当主に愛人の息子がいた記述すら抹消する。そうすれば、兄・蒼慶も自分のことを放っておいてくれるのだろうか……

 大好きな父と、彼が愛する家族に迷惑をかけたくはない。なぜ蒼慶は分かってくれないんだと、雪弥は焦燥に似た苛立ちも感じる。兄として尊敬していて、父たちと同じくらい大切な家族だと想っているからだ。