「……なるほど、あなたが榎林さんですか」

 雪弥は、一番小さな中肉中背の男を一瞥した。

 首の後ろに痺れるような違和感を覚えたかのように、榎林は警戒の表情を浮かべて、階段中腹で足を止める少年を凝視した。太陽の光が反射するだけの室内で、少年の柔らかい髪は、青と灰色が溶け込むような色合いにも見える。

 榎林は、ブラッドクロスで聞いていた「蒼緋蔵家の番犬」を、なんとなく思い出してしまった。

 似たような特徴を思いながら、まさかとかぶりを振る。当主、副当主、秘書から始まる役席に未青年はつけないのだ。次期当主である本家の長男を除いて、すべての家系でそう定められていた。

「おい、クソガキ。痛い目に遭いたくなかったら、そっちにいる男を呼びな」

 柿下は独特の早口でそう言いながら、銃を上下に揺らしてそう言った。榎林を除く男たちが下品な笑みを浮かべる中、サングラスをした佐々木原が、いびつな愛想笑いで「鴨津原健は、君の先輩にあたるのかな」と茶化す。

 痛い目に遭わす気満々のくせに、そう心の中で呟きながら雪弥は階段を降り始めた。柿下が「お前じゃねぇんだよ! 上にいる野郎を呼べ!」と、耳障りな早口で喚いたので足を止める。

 嫌悪感を冷静に抑え込んだ雪弥の瞳は、そんな柿下にちらりと向いただけで、すぐ榎林に戻った。

「いったい何が目的ですか?」
「具合が悪い彼を助けてあげようと思ってね」

 雪弥は腕を組むと蔑むように目を細め、額の汗をぬぐう榎林を見下ろした。ほんの僅かな眼差しの変化で、まとっていた空気が威圧感を帯びたような錯覚を受けて、一同が緊張を覚えたように身体を強張らせる。


 榎林は風がぴたりと止んだその一瞬、少年の瞳が碧眼である、という錯覚を覚えた。「落ちつけ、あれは黒い目じゃないか」と自身に言い聞かせるように呟いたが、どうしても「蒼緋蔵家の番犬」の特徴が拭い切れなかった。

 少年の目が、まるで夜蜘羅やブロッドクロスの幹部たちに見据えられた瞳と重な。榎林は十代の少年に恐怖を感じて委縮したのを隠すように、表情を引き締めた。

 
 しかし、鋭い眼差しをした雪弥の口から、次の尋問のような言葉が出してそれはあっさりと崩された。

「こちらへ来た目的はなんですか? 持ち込んだレッドドリームと、鴨津原健が無関係ではないような用件なのでしょうか?」
「お前ッ、それをどこで聞いた!?」

 榎林は冷静でいられなくなって、弾くように反応した。その怯えの理由を、秘密事項が知られているとあっては自分たちの立場が悪くなる、と受け取った佐々木原が、二人の部下に顎で合図した。

 体格の太い二人の男が「了解、ボス」と言って歩き出す。佐々木原の大きく薄い唇が歪み、「いろいろと話を聞きたいねぇ」とその頬を殺気で引き攣らせた。

 二人の男が脇を通り過ぎるのを横目に、柿下も慎重に動き出した。しかし、彼は雪弥よりも、未だ姿を見せない大学生の方への怒りが収まらず、階段の上へと銃を構えて「出て来い大学生!」と怒鳴った。

 柿下の銃が危なっかしく揺れ動いても、屈強な二人の男が歩み始めていても、それを冷静に見据えている雪弥に気付いて、榎林の顔に緊張が走った。

「……お前、何者だ?」