彼がどれほどブルードリームを使用し続けたのかは分からないが、レッドドリームに手を出していなければ助かるのだろう。こうして話している限り、里久のように会話が出来ないほどの異常をきたしているわけでもない。
「僕が殺させません」
雪弥は静かに告げた。怯える青年を落ちつかせるように笑みを浮かべ、自分が彼の敵ではないことを示す。
対する鴨津原が「じゃあ」と、喉の奥から声を絞り出して、こう続けた。
「…………俺は、どうすればいいんだよ……?」
問い掛ける声は震え、激しい感情を殺した瞳は、疑いの色を孕んで雪弥を見つめていた。鴨津原は、突然現れた雪弥を信じてはいないが、そこには小さな希望にもすがる想いがあった。
研究班たちが治療法を早急に見つけることを願いながら、雪弥は嫌な予感を頭の片隅に押しやった。一歩だけ足を進めたものの、彼がギクリと警戒する様子を見て、一旦立ち止まって柔らかくはっきりと言葉を紡いだ。
「僕は、鴨津原さんを守りたいんです」
自分が向かうとナンバー1に告げた時の心境で、雪弥は鴨津原を真っ直ぐ見据えてそう言った。
助けるのが間に合わなかった里久のことを考えていた。自分は、目の前の彼の友人の四肢を切り落としたうえ、最後は人でないまま死を迎えさせた。せめて次こそはと、らしくない情に心が小さく揺れる。
そのとき、階段の下から一つの声が上がった。
「鴨津腹健、そこにいるんだろう? 素直に降りてくれば手荒なことはしない、降りて来い!」
それは、急かすような早口だった。部屋を満たす埃と黴臭い空気が、その怒号するような一方的な主張と共に耳障りに振動した。
※※※
保健室で明美と話した後、十分な睡眠を取った常盤は、午後の授業を終えても気力が残っている状態だった。騒がしい教室に気が散ることもなく最後の授業が終わり、担任である女教師の話を聞いてあと、いつも通りすぐに教室を出た。
木曜日の放課後も、教室の外には相変わらずの光景が広がっていた。
廊下で教師を捕まえて勉強や進路の話しをする者や、他愛ないお喋りを続けながら歩くたくさんの生徒の姿があった。受験生であることを忘れたようにはしゃぐ男子生徒が、駆け出した廊下でクラスメイトや教師に叱られる光景も、すっかり見慣れてしまった光景だ。
常盤は「馬鹿じゃないか」という言葉を覚えたが、いつも以上にゆっくりとした歩調で歩いた。目に映るものを静かに捕え、耳に入る音を無意識に追う。
彼の足が不意に止まったのは、三組の教室から暁也が出てきたときだった。
二年の頃に同じクラスだったが、暁也が彼を嫌うように、常盤も彼の姿が視界に入ると条件反射のように顔を歪める。何故なら、悪党になれそうな奴だと抱いた第一印象を砕かれて以来、常盤は暁也を毛嫌いするようになっていたからだ。
「僕が殺させません」
雪弥は静かに告げた。怯える青年を落ちつかせるように笑みを浮かべ、自分が彼の敵ではないことを示す。
対する鴨津原が「じゃあ」と、喉の奥から声を絞り出して、こう続けた。
「…………俺は、どうすればいいんだよ……?」
問い掛ける声は震え、激しい感情を殺した瞳は、疑いの色を孕んで雪弥を見つめていた。鴨津原は、突然現れた雪弥を信じてはいないが、そこには小さな希望にもすがる想いがあった。
研究班たちが治療法を早急に見つけることを願いながら、雪弥は嫌な予感を頭の片隅に押しやった。一歩だけ足を進めたものの、彼がギクリと警戒する様子を見て、一旦立ち止まって柔らかくはっきりと言葉を紡いだ。
「僕は、鴨津原さんを守りたいんです」
自分が向かうとナンバー1に告げた時の心境で、雪弥は鴨津原を真っ直ぐ見据えてそう言った。
助けるのが間に合わなかった里久のことを考えていた。自分は、目の前の彼の友人の四肢を切り落としたうえ、最後は人でないまま死を迎えさせた。せめて次こそはと、らしくない情に心が小さく揺れる。
そのとき、階段の下から一つの声が上がった。
「鴨津腹健、そこにいるんだろう? 素直に降りてくれば手荒なことはしない、降りて来い!」
それは、急かすような早口だった。部屋を満たす埃と黴臭い空気が、その怒号するような一方的な主張と共に耳障りに振動した。
※※※
保健室で明美と話した後、十分な睡眠を取った常盤は、午後の授業を終えても気力が残っている状態だった。騒がしい教室に気が散ることもなく最後の授業が終わり、担任である女教師の話を聞いてあと、いつも通りすぐに教室を出た。
木曜日の放課後も、教室の外には相変わらずの光景が広がっていた。
廊下で教師を捕まえて勉強や進路の話しをする者や、他愛ないお喋りを続けながら歩くたくさんの生徒の姿があった。受験生であることを忘れたようにはしゃぐ男子生徒が、駆け出した廊下でクラスメイトや教師に叱られる光景も、すっかり見慣れてしまった光景だ。
常盤は「馬鹿じゃないか」という言葉を覚えたが、いつも以上にゆっくりとした歩調で歩いた。目に映るものを静かに捕え、耳に入る音を無意識に追う。
彼の足が不意に止まったのは、三組の教室から暁也が出てきたときだった。
二年の頃に同じクラスだったが、暁也が彼を嫌うように、常盤も彼の姿が視界に入ると条件反射のように顔を歪める。何故なら、悪党になれそうな奴だと抱いた第一印象を砕かれて以来、常盤は暁也を毛嫌いするようになっていたからだ。