自習時間となった四時間目の授業が始まって、二十分後。

 校長室から出た雪弥は、先に図書室に入っていた暁也たちとようやく合流した。ほとんど生徒のいない室内で、二人は「遅い」「遅いよ」と同時に言ってきて、雪弥はぎこちない笑みで言い訳を並べた。

 彼らが通常の読書や勉強をするはずがなく、なぜか修一から「走れサッカー少年」の一巻を押しつけられてしまった。暇潰しのようにページを読み進めていったが、内容は頭に入ってこなかった。

 先程の話し合いの件が、チラチラと脳裏を掠めて離れない。


 レッドドリームによって化け物かしてしまう反応を起こすためには、ブルードリームを一定に摂取する期間が必要である、とキッシュは語っていた。

 ロシアの一件と同様の事件ならば、国を脅かすレベルとしての処置がとられる。学園で出回っているブルードリームの摂取者が、里久のようにレッドドリームも配られる可能性を考えると、――そして、彼と同じ悲惨な末路を辿る可能性が高いとするのなら尚更だ。


 ヘロインを含むすべての違法薬物を押収し、事件に関わった関係者、容疑者全員がその対象である。最優先すべき事項は、危険な薬と組織の一掃だろう。

 雪弥は、気乗りしないまま思案した。修一が読んでいた本について暁也に話しを振り、図書室で自習していた三年生たちが呆れたように視線を寄こしてくる。気付いた暁也が睨みつけると生徒たちは慌てて座り直したが、修一は「走れサッカー少年」ついて熱く語り続けることを止めなかった。

「なぁ、やっぱ主人公がすごいだろ? しかも、結構泣かすんだよ」

 唐突に、修一がこちらを見てそう言った。

 不意打ちで面食らった雪弥が「ああ、そうだね」と視線を泳がせたとき、暁也がすっと立ち上がって「そろそろ授業終わるぜ」とそっけなく告げた。雪弥はそれに便乗するように時計を見やって「本当だ」と、修一との話を打ち切った。

 図書室を出ると、ちょうど授業終了を告げる重々しいチャイムが鳴った。「そばパン」と叫んで弾くように修一が走り出し、それに暁也が続く。

 雪弥は、呆気に取られて、元気のある少年組を見送った。「お前の分のもゲットしてくるからよ~!」という二人の声が、廊下から階段へと流れていったのが聞こえて、思わず苦笑してしまう。

 こうして見ると、やはり普通の高校生だ。自分とは全く違う。

 猛スピードで二人が駆け抜けた二学年の教室から、数秒後に「後に続け!」「今日はあの先輩に負けるなッ」と男子生徒たちが飛び出していった。男性教師が「三年の修一と暁也か」と目頭を押さえ、それから廊下を走る少年たちに「廊下は早歩きまで!」と一喝した。