この怨み、忘れるものか……自分の中で知らない憎悪が問いかけてくるような、そんな錯覚を受けることがある。
忘れはしない。許さない、
首一つになるまで、この牙と爪で――……
初めて訪れてから、まだそんなに経っていない大豪邸を見上げた。大自然に囲まれたように見えるここが、全て庭だなんてまるで現実味がない。
でもどこか、少しだけ、その土地に流れている空気は不思議と肌に馴染むところがあった。建物ではなくて、こうして立っている広大な芝生を踏み締めている足が、何かを懐かしがっているみたいに。
「おにいさま、どうしたの」
四歳なる腹違いの妹に尋ねられて、ボールを手に持ったまま振り返る。
青い目を向けた先で、三歳年下の漆黒の髪をした可愛い妹の、茶色っぽい黒の大きな瞳とパチリと目があった。彼女のそばには、彼女と同じ母親から生まれた四歳年上の兄が立っていた。
遠く向こうから、二人の母の楽しげな談笑が聞こえてくる。
「お前は、ぼんやりしているな」
「うーん」
そんな事はないと思うけれど、よく分からなくなる事も多いので、なんだか言い返せなくもなる。
すると、兄が「どうした、雪弥」と妹と同じような事を質問してきた。十一歳にしてはひどく落ち着いていて、感情豊かな彼女とは正反対の無愛そ――しっかり者の兄だ。
「悩みがあるなら、聞くぞ」
「そんなものではないけれど、なんだか時々、ざわざわとして落ち着かなくなる事があるというか……、よく分からないです」
ごめんね、と思い出して謝った。
迷惑をかけるつもりじゃなかったんです、と告げたら、妹がきょとんとする隣で、兄が察したように冷静な顔でこう言った。
「お前は悪くない。父に断りもなく、あれが勝手に奥まで入ってきたんだ」
「……でもぼく、『このやろう』って言っちゃいました」
「正当防衛だ」
「せいとうぼうえい……一方的に先に飛びかかったのは、ぼくだよ?」
「驚かされたら、誰だってイラッとすることもある」
そんなものかなと首をひねったら、そんなものだと兄が言う。
帰るのはもう少し後だろう。まだ少し居られる時間を楽しむために、ボールを抱えたまま彼らについていった。
二〇〇※年、日本。
経済発展を目的とした西(にし)大都(おおと)市が、東京都や大阪府と並んだのは二十世紀になってからである。それまでは新しい都市としての名ばかりが知られていたが、高層ビル群や三ツ星ホテルが建つにしたがって、多くの企業がその土地を注目するようになった。
価格が高騰する土地は次々に売買され、世紀末とうたわれた年を十二年過ぎた頃には、大都会へと変貌をとげていた。
そんな西大都市は、岐阜県と山梨県の間に位置していた。見通しの良い場所に販売業者が店を多く並べ、密集するように立てられた高層ビル群は深夜になるとひっそりと静まり返る。
経済発展と人口増加に伴って犯罪も右肩上がりにあり、強姦、恐喝、麻薬密売が急増し、犯罪現場に飛び込んだ警察官が流血沙汰になるニュースが相次いだ。深夜になると現れる薄暗い陰りは、「被害者が加害者の顔を覚えていない」といった未解決事件の波紋を受けて、気味の悪い場所となっていた。
目配せすることも避ける建物のその薄暗がりを覗きこむ警察官も、懐中電灯でチラリと見やって立ち去って行くばかりだ。何か異常が見られた場合、応援が到着したあと確認作業に入る事が義務づけられていたが、その時は既に被害者だけがいる状態である事も少なくはない。
人通りの多い夜の街は、星の光も霞むほどの人工の明りと活気で溢れ返っていた。巨大な建物の間奥で小さな騒ぎが一つ起ころうと、その物音すら静けさに飲み込まれて外の賑わいにかき消されていく。それを知って、法に背く輩たちが集まってくるのだ。
人工の明かりに慣れた人間にとってそこは、巨大な壁と壁の間に深い闇が佇んでいるようにしか見えない。日中は奥行きも感じないほどの明るさがあり、取りつけられた排気口から湿った空気や滴が落ちている様子が見られたが、夜になるとその独特な空気や空調設備の低い稼働音の中で、どこからか地面へと落ちていく小さな水音にすら気味の悪さを感じた。
続いた雨がようやく上がった六月十五日。
新しくオープンしたいくつもの店を目指して、今夜も多くの人間が西大都市の繁華街に集まっていた。各飲食店や大型ショッピングセンターの前には制服を着た店員がおり、騒がしいざわめきと靴音の中、客を呼び込もうと必死に声を張り上げている。
車の通りも激しく、信号によって数十分置きに渋滞が起こった。そんな車の間を暴走族が走り抜け、けたたましい騒音を撒き散らしていく。通りの中道から男達が身を潜めるように出入りする様子も霞むほど、辺りは賑わいと活気に包まれていた。
そんな繁華街の大通りには、この西大都の中心を象徴する円状の巨大な交差点があった。通りの正面にある高層ビルには電子時計があり、その下に設置された大きな薄型モニターからは各局のテレビ番組やCMが流れている。交差点を囲むように並んだ建物は円状に向かい合い、巨大な広告塔や電子看板を掲げていた。
各電子広告やテレビモニターからは、常に音が流れている。しかし、地上のざわめきによって埋もれるため注目される事がない。信号が赤になって車と人間が動きを止めた合間に、その音が耳に聞こえてくるぐらいであった。暇なドライバーや通行人が時々そのモニターを見やるが、興味もなさそうに視線をそらすばかりだ。
「ビールの宣伝が聞こえるなぁ」
繁華街の活気が、少しばかり流れ込んでくるビル影。そんな小さな呟きが上がったのは、午後十時二十三分の事であった。
湿った空気と重々しい灰色の壁の間で、質素なブルー交じりのスーツをつけた青年がぼんやりと顔を上げ、肩にかかった埃を払うような仕草をした。
年はかなり若い。男性にしては少し華奢な体格で、とげとげしさを感じない整った顔立ちをしていた。癖のない髪は薄暗い中透けるような柔らかさで、湿気を含んだ生温かい風に揺れている。
一見すると平凡な青年にも見えるが、彼の足元にはオーダー一着五十万もするジョン・ロブの黒革靴が覗き、細い左腕にはスイスのブランドである、二百万では到底買えないクストスの自動巻き腕時計がつけられていた。彼が身に付けているスーツも、たった一着で新車バイクが買えるお値段である。
そんな青年の足元には、柄の悪い男たちが四人、苦痛に歪んだ表情をして転がっていた。暗闇に隠れるように七人の男たちが青年の周りを取り囲み、鉄パイプやナイフを持ったまま身体を強張らせている。
彼らの顔は、薄暗がりでもはっきりするほど赤かった。青年を睨みつける瞳にあった畏怖は、しばらくすると強い怒りへと塗り変わった。
「てめぇ、どこの組のもんだ!」
怒号するように、胸元から金色のネックレスを覗かせた男が叫んだ。赤いシャツを腕元までめくり上げた彼の手には、所々凹みが見える鉄パイプが握られている。
青年は、足元に転がる男の腕を足先でどかし、ごく自然にその顔を彼らへと向けた。月明かりに浮かんだ碧眼に全く悪意は感じなかったが、それを向けられた男たちは震え上がった。いつものように追い払おうと動き出した仲間たちが、一瞬にして叩き伏せられたのを見たからである。
青年は男たちと目を合わせると、悪意という言葉すら伺えないその顔に、少し困ったような笑みを浮かべた。
「君たちにはなんの恨みもないんだけど、今警察のほうが玉突き事故で忙しいみたいで……代わりに僕が頼まれて…………うん、僕も仕事でね」
少し高い澄んだアルトの声を聞いて、どこの組の人間だと声を掛けた男が、恐ろしいモノと対峙するように息を呑んだ。身に迫る恐怖を追い払うように雄叫びを上げ、手にしていた鉄パイプを振り上げて青年に襲いかかった。
その時、青年の懐で携帯電話の着信音が鳴った。一般的な着信コール音と、青年が避けた鉄パイプが地面に当たる甲高い音が、静寂に反響するように広がる。
「はい、もしもし」
鉄パイプを再び振り上げようとした男の顔面を、軽い動作で蹴り上げながら、青年は携帯電話を耳に当てた。彼の柔らかい髪がふわりと宙を舞い、靴底が硬い地面へそっと戻る。
青年より一回り大きな男の身体は、細い足から繰り出された蹴りとは思えないほどの強い衝撃を受け、顔の骨を軋ませて吹き飛んでいた。
鉄パイプを持った男の身体が、大きな音を立てて壁に埋もれるのを合図に、残っていた六人の男たちが弾かれるように動き出した。それぞれ恐怖を噛み潰すように怒号し、武器を持って青年に襲いかかる。
『雪弥、私だが』
しわがれているような低い声色だが、耳に心地よいテノールの声だった。それを耳にしながら、青年は一番に飛びかかってきた男の手から素早い動きでナイフを払った。その直後に、後ろから突っ込んできた肩幅の広い男の、真っ直ぐに突き出された日本刀をひょいと避けて、「やぁ、父さん。久しぶり」とゆったりとした口調で答える。
真っ直ぐに突いたはずの日本刀を避けられた男は、「そんな」と狼狽するように顔を強張らせた。一瞬の隙が出来た事を青年は視界の端で察知し、避けた体勢を戻しながら携帯電話を左手に持ち替えた。半歩で間合いを詰めると、男の膨らんだ腹部に自身の拳を打ちこむ。
内臓と筋肉が軋む音が聞こえ、男が胃液を吐き散らしながら飛び上がった。ほんの数秒、男の太い両足が地面から浮いた時、青年は左足を軸に身体を捻るように足を振り上げる。
脂肪で膨らんだ横腹に回し蹴りを入れられた男が、乱闘から弾き飛ばされてビル壁に打ち付けられた。先程ナイフを取り払われた男が、半狂乱で「よくもノブさんを!」と青年に襲いかかる。
彼が放った拳を避けるように屈んだ青年は、「何か用?」と悠長に電話での会話を続けた。しかし、その碧眼は拳を突き出した男を素早く捕えていて、青年は掌で無造作に虎の突きを作ると、勢いよく男の胸へ打ち込んだ。
一点に集中した衝撃は、男の肋骨を砕いてその背を盛り上げた。男は肺にたまった空気を一気に吐き出すと、声にもならない苦痛に意識を飛ばし掛けて、霞んだ目を見開いた。その脇へとすっと身を入れた青年は、その男が胸部を抑え込む前に肘で背中を突いて地面に叩きつける。
「この野郎!」
眉毛のない細面の若者が、口から溶け縮んだ歯を覗かせながら吠えたのは、仲間の身体が地面を砕いた直後だった。若者がカッと怒りを滲ませて黒い銃を構えるよりも速く、青年は地面を蹴ると飛び上がって反回転した。
その勢いを足に乗せたまま、若者の右肩に強烈な踵落としを入れる。めり込んだ細い足から重々しい音を上げた若者の肩は、巨大な鉛玉が叩きこまれたように一瞬で押し潰れた。
湿った静寂に、人の喉から発せられたとは思えないほどの奇声が上がった。
肩の原型を失った若者の右腕はだらりと垂れ、粉砕された骨に酔って神経が圧迫されて痙攣を起こしていた。そこから銃が滑り落ちると同時に、地面に降り立っていた青年の髪が揺れ動いて、砕かれた男の右肩下に彼の左足が入った。
若者の奇声がくぐもり途切れた時、後ろで竹刀を構えていた中年のスキンヘッド男が「え」と声を上げた。目前に迫った若者の身体を避け切れず、ひゅっと喉が締まるような嗚咽をもらして壁に叩き付けられる。持っていた折れた竹刀が弾け飛び、乾いた音を上げて転がり落ちた。
立ち残っていた二人の男は、次々にやられていく仲間を前に動けなくなっていた。場が静まり返った時、オカッパ刈りの男がようやく覚悟を決め、風船のように膨らんだ身体をぶるぶると震わせながら地面から日本刀を拾い上げる。
そのそばで、虎柄のシャツとタイツに身を包んだ長身の男が、視線を向けてきた青年を見て息を呑んだ。つい恐怖で冷静さを失い、武器も持たずにわっと飛び出す。日本刀を構えた男が「待て!」と太い叫びを上げたが、男は今まで何人もその手で沈めてきた強靭な拳を青年へと振りかざした。
「くそぉ! よくも俺の仲間を、畜生――」
言葉の語尾が低く濁って反響した。
携帯電話を右手に持ち替えた青年が、自然な仕草で左手を払う。人を殴った事もなさそうな細い手が、目にも止まらぬ速度で彼の左頬を弾き、男の身体はいびつに曲がってその場で反回転していた。
『雪弥、この前の話なのだが……』
「前にも言ったけど、僕は何も要らないよ。権利だってもともとないし、財産も何もかも亜希子さんたちのところで構わないから」
携帯電話から続く言葉がもれかけた時、地面に崩れ落ちた男がくぐもった声を上げた。ただ一人残った男は、戦意を喪失したように激しく震え出す。
肉厚のある彼の手から日本刀が滑り落ち、日本刀は鋭利な輝きを一つ上げて硬い地面に弾け上がった。
『仕事中か……?』
腰を抜かした男が地面に崩れ落ちる中、電話の向こうから心配するような声が上がった。まるで化け物でも見るような瞳を向けて来るその男に、青年はゆっくりと歩み寄りながら「まぁね」と電話に答えて肩をすくめる。
「た、助けてくれっ」
全身を震わせ、顔を汗と涙で濡らして男は狼狽した。そんな男の前で立ち止まった青年の携帯電話から、溜息をついたような重々しい息がもれる。
『私はお前の意見を尊重するつもりだが、少々こじれた話になっていてな。他の者が納得していないのだ』
「それは、僕が正妻の子ではないのに、父さんの名字をもらっているからでしょう?」
青年は答えて苦笑した。恐怖する男の小さな丸い瞳を見つめ、そっと携帯電話を離す。
「少し眠ってもらうだけだから」
青年はぎこちなく微笑みかけると、肉厚のある首に軽い打撃を与えて男の意識を奪った。場が静まり返ったことを確認し、面倒臭そうに溜息を一つついて携帯電話を持ち直した。
「父さん、僕はあなたからもらった名字は使っていないよ。もともと、そんな事にも興味はないし、次の当主や役員選に口出しするつもりはないからって、皆にはそう言ってくれないかな」
『……雪弥、それが難しい事になっているのだよ。これから私も用事がある、時間が空いたら電話をしなさい』
そう言って電話が切られた。青年は再び溜息をついて、別の場所に電話を掛け直す。
「あ、僕だけど。うん、任務は完了したから、処理班を寄こして」
青年はそれだけ言って電話を切った。
彼は大きく背伸びを一つして、ふと、建物の間から覗く夜空を見上げた。月明かりに照らされるようにして、身体に吸いつくような黒い服を着た人間が一人、建物の屋上に立ってこちらを見下ろしている事に気付く。
それは暗視カメラを搭載した、白い狐の面をかぶった特殊暗殺部隊であった。青年は見慣れた彼を見つめながら、静まり返った静寂にカメラがズームアップする音を耳にした。
「ナンバー4、任務完了を確認。すみやかに本部へ帰還していただきたい」
仮面越しに抑揚ない声色がもれ、青年は苦笑して「やれやれ」と肩を落とした。
「はいはい、今すぐ戻るよ」
青年は答えながら、月の周りに無数に存在する星へと視線を向けた。不意にその碧眼が不思議な色を帯び、瞳孔がすうっと小さくなる。
「……やだなぁ。買収した衛星から、ちゃっかり見てるんだもんなぁ」
呟いた青年の瞳が、透明度の高いブルーの光りを帯びた。彼の視力は通常の人間の数倍以上はある。見ようと思えば、機器に頼らずとも近くの衛星の存在を確認するくらいまでは見る事が出来た。
屋上に立っていた者は、暗視カメラ越しに浮かび上がる二つの光りを見つめ、耳にはめた無線マイクから次の指示を待った。
西大都市の繁華街の隣に位置する大通りには、新しい市の誕生に合わせて、計画的に建てられた市の建物がいくつも存在している。
全国でも一、二、と云われるほど外観が美しい市役所、四階建ての市立図書館は三階まで全国各地の書籍が集まり、四階はヨーロッパの一流パティシエがオーナーを務めるカフェまで置いてある。
強い存在感をアピールするように濃い灰色で四方を覆われた警察署、四階からガラス張りで隣に分館まで持った電気会社。公園と見間違うほどの広さを持った水道局は緑と水場が目を引き、西洋の美術館をモチーフに作られた国立の分館ビルも目新しい。
国と県が所有する建物は他にも点在しており、「関係者以外立ち入り禁止」の看板を掲げている場所もある。各建物には堅苦しい名前が記載され、身分証や許可証を確認する警備員、建物まで距離がある門と通路がそれぞれ設置されていた。
名を聞いてもぴんと来ない建物も多くあった。大通りから中道に入ると「コンサルタント」や「事務所」とつく小会社があり、社員の出入りしか見られない真新しい建物がいくつも立ち並んでいる。
市役所と水道局をはさんだ通りもそうである。しかし、そんな中、他の建物に比べると、より殺風景とした外観と広大な敷地を持っている建物があった。
太く長い鉄筋の門に、その横に佇む強面の警備員のセットは、この通りではお馴染みの光景だが、敷地内を囲むように建つ高い塀は圧倒的である。二メートルの高さが四方に続き、硬化な分厚い黒鉄が敷地内を守っているようだった。
隣には似たような塀に囲まれた裁判所が場を構えているが、その塀は大理石に似た素材で造られているため品がある。双方の建物に向かい合うのは、堅苦しい雰囲気でそびえたつ議員会館と税理事務所である。目立つ事もなく静まり返っている通りは、車や歩行者もちらほらとしかいない。
高い黒塀に囲まれたその建物は、壁に「国政機関」と記されていた。長い鉄の門からは、だだっ広い駐車場を拝むことが出来る。その駐車場の奥に、ほとんど窓のない黒真珠のような四角い建物がそびえ建っていた。
この通りには限定された者しか入れない建物も多くあるので、将軍のような雰囲気を持った高齢の男や、若くして高級スーツに身を包んだ男たちが乗った外国車が頻繁に出入りする光景も珍しくはない。大通りには注目の若社長が運営する大企業もあったので、話題にすら上がって来ないのだ。
国の高い役職に就いている者たちがその場所を畏怖するほど、そこには多くの国家機密が詰められていた。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板の横に立つ警備員が、多くの給料をもらっている優秀な軍人だという事を知っているのは、この建物の本来の存在意味を知っている者たちだけである。
とあるお偉い肩書きを持った男がこの建物を訪問した際、その警備員を見て慌てたように頭を下げた話は、付き人たちの間では有名だった。
国政機関は国立のものであったが、本来の名を「国家特殊機動部隊総本部」といった。各地に秘密裏に分館を持っており、その建物には国で有数の頭脳を集めた「国家特殊機動部隊研究所」や、お面を着用した戸籍すら持たない「国家特殊機動部隊暗殺機構」をはじめとした国一番の人材が集まる総本部である。