野球部とサッカー部が半々で練習している風景。
部活動に励む声に耳を済ませながら少しだけ羨ましいと思った。
何かに熱中するなんてことがなかった。今までずっと帰宅部を貫き通してきた私からすると、放課後も残って熱を注ぐなんて経験は一度だってない。
「私ね、ずっと死にたいって思ってたの」
なんで、するりと口にしてしまったのか、自分でも不思議だった。
解放感なのかもしれない。心が凪いでいる気持ちになる。
「毎日、今日が私の命日になるって思って過ごしてた。そしたらね、嫌なこともなんとか乗り越えられるの。私どうせ死ぬんだからって、そう思えたら心が軽くなってね」
黒いカーテン。あれを見る度に、死ぬ権利をもらったような気がした。
これがあれば私はいつだってこの世界から別れることができる。
私の最終兵器。
「でも不思議なんだけど、最近はそういうこと考えなくなってた」
「だろうなって思った」
変に相槌を入れなかった瀬名くんが、まるで全部わかってたように話す。
「死にたいって、もうあの感想文に入ってるようなもんだったし。だから、そう思ってないって聞いて安心した」
「……そうなんだ」
「うん」
空の濃さが、またぐんと深くなっていた。
「今は、生きててよかったって思えるよ」
「おう、成長だな」
「瀬名くんは?」
「え?」
「なんで、あんな記事書いたりしてるの?」
どこかで、聞かなきゃいけないと思っていた。
あんな記事、やっぱりどこを探しても見つからなかった。
それはつまり、瀬名くん自身が作ったもので──。
「瀬名くんも、死にたいって思ってるの?」
生きていくための術だったのかもしれない。
瀬名くんの髪が、またさらりと後ろに流れたのは、瀬名くんが空を見上げたから。
「綺麗だよな、星って」
「……うん、綺麗だよ」
「なんで、ただ光ってるだけで綺麗とか思うんだろうな」
「……なんでだろう」
「あれを見ると、なんか心が落ち着くんだよ」
なにを指しているのか、すぐにわかった。
きっと落ち着いて見てるのは星じゃない。
あの記事だ。
自分が死んだ、あの記事。
「死にたくなっても、あれを見るとなんか落ち着く。死にたいって思うことは別に異常じゃないと思う。でも、普通じゃないよな。それぐらい、精神がぶっ壊れてるんだろうし。でも周りは気付かないんだよ。そこまで壊れてんのに、そいつが普通にしてたら気付かない。その普通も作り物かもしれないのに」
何を背負った言葉なのだろう。
瀬名くんから発せられる痛みを聞き逃さないように、耳を、心を研ぎ澄ませて聞くのに、そんなことさえも無意味なような気がしてしまう。
だって、瀬名くんの声色は、まるで柔らかな風のようにやさしい。
どこにも棘がなくて、痛みさえも嘘なんじゃないかと思うほどに、軽い。
「でも、今はあんなの見てない。見る必要がなくなったのかもな」
「ほんとうに?」
「うん。綿世と一緒で、充実してるんだろうな」
充実。瀬名くんは私に、あの読書感想文のことを拠り所だと言った。
ならば瀬名くんにとっても、あの記事は拠り所だったのだろうか。
あんなのを作ってしまうぐらい辛かったことが、今は緩和されているのならいい。
「つうか、俺送ってたのか。はず」
「そんなことないよ。私だって、死にたくなって黒いカーテン買ったりしてたから」
「え、そこロープとかじゃないんだ」
なんで、こんなこと、笑い合って言えてるんだろう。
それだけ、私たちが、抜け出せたってことなのかな。
ちゃんと、星の光が届く場所に、私たちがいるってことなのだろうか。
「おーい、買ってきたよ」
琴音と桐原くんが仲良く戻ってくるのを見て、笑みがこぼれた。
部活動に励む声に耳を済ませながら少しだけ羨ましいと思った。
何かに熱中するなんてことがなかった。今までずっと帰宅部を貫き通してきた私からすると、放課後も残って熱を注ぐなんて経験は一度だってない。
「私ね、ずっと死にたいって思ってたの」
なんで、するりと口にしてしまったのか、自分でも不思議だった。
解放感なのかもしれない。心が凪いでいる気持ちになる。
「毎日、今日が私の命日になるって思って過ごしてた。そしたらね、嫌なこともなんとか乗り越えられるの。私どうせ死ぬんだからって、そう思えたら心が軽くなってね」
黒いカーテン。あれを見る度に、死ぬ権利をもらったような気がした。
これがあれば私はいつだってこの世界から別れることができる。
私の最終兵器。
「でも不思議なんだけど、最近はそういうこと考えなくなってた」
「だろうなって思った」
変に相槌を入れなかった瀬名くんが、まるで全部わかってたように話す。
「死にたいって、もうあの感想文に入ってるようなもんだったし。だから、そう思ってないって聞いて安心した」
「……そうなんだ」
「うん」
空の濃さが、またぐんと深くなっていた。
「今は、生きててよかったって思えるよ」
「おう、成長だな」
「瀬名くんは?」
「え?」
「なんで、あんな記事書いたりしてるの?」
どこかで、聞かなきゃいけないと思っていた。
あんな記事、やっぱりどこを探しても見つからなかった。
それはつまり、瀬名くん自身が作ったもので──。
「瀬名くんも、死にたいって思ってるの?」
生きていくための術だったのかもしれない。
瀬名くんの髪が、またさらりと後ろに流れたのは、瀬名くんが空を見上げたから。
「綺麗だよな、星って」
「……うん、綺麗だよ」
「なんで、ただ光ってるだけで綺麗とか思うんだろうな」
「……なんでだろう」
「あれを見ると、なんか心が落ち着くんだよ」
なにを指しているのか、すぐにわかった。
きっと落ち着いて見てるのは星じゃない。
あの記事だ。
自分が死んだ、あの記事。
「死にたくなっても、あれを見るとなんか落ち着く。死にたいって思うことは別に異常じゃないと思う。でも、普通じゃないよな。それぐらい、精神がぶっ壊れてるんだろうし。でも周りは気付かないんだよ。そこまで壊れてんのに、そいつが普通にしてたら気付かない。その普通も作り物かもしれないのに」
何を背負った言葉なのだろう。
瀬名くんから発せられる痛みを聞き逃さないように、耳を、心を研ぎ澄ませて聞くのに、そんなことさえも無意味なような気がしてしまう。
だって、瀬名くんの声色は、まるで柔らかな風のようにやさしい。
どこにも棘がなくて、痛みさえも嘘なんじゃないかと思うほどに、軽い。
「でも、今はあんなの見てない。見る必要がなくなったのかもな」
「ほんとうに?」
「うん。綿世と一緒で、充実してるんだろうな」
充実。瀬名くんは私に、あの読書感想文のことを拠り所だと言った。
ならば瀬名くんにとっても、あの記事は拠り所だったのだろうか。
あんなのを作ってしまうぐらい辛かったことが、今は緩和されているのならいい。
「つうか、俺送ってたのか。はず」
「そんなことないよ。私だって、死にたくなって黒いカーテン買ったりしてたから」
「え、そこロープとかじゃないんだ」
なんで、こんなこと、笑い合って言えてるんだろう。
それだけ、私たちが、抜け出せたってことなのかな。
ちゃんと、星の光が届く場所に、私たちがいるってことなのだろうか。
「おーい、買ってきたよ」
琴音と桐原くんが仲良く戻ってくるのを見て、笑みがこぼれた。