「はあ、桐原来ないなあ」
教室前に飾る看板を制作するチームに加わっていると、黒の塗料を補充しに来てくれた香川さんが腰をおろす。
「ああ、そうだね」
文化祭の準備が本格的に始まり出してから、彼は一度も登校しなくなってしまった。きっと、浮かれている顔を見るのが嫌なんだと思う。
教室の隅に増えていくカーテンやら機材、ベニヤ板などが積まれているのを見ながら〝こういうのを見るのも嫌なんだろうな〟と思ったりする。
香川さんは残念そうな顔を浮かべながらも「だめだねぇ」と苦笑する。
「あいつ、こういうの好きなんだけどなあ」
「桐原くんが?」
「そう、地元のお祭りとか一番はしゃぐタイプだったし」
「……想像がつかない」
「ね、ほんとに」
悲しそうに、やるせないような横顔は、きっと桐原くんのことをたくさん考えている証拠なのだろう。
ほんとうは桐原くんだって文化祭に参加したいんじゃないだろうか。
でも、複雑な家庭環境と学校のギャップが大きすぎて、周りとの差に落ち込んでしまうんじゃないかなって。
遊んでられないと言っていた桐原くんは、そうやっていろんなものを諦めてきたのだろう。私では想像も出来ないような、大きな責任が彼にのってると思うと、私はもう文化祭に参加してほしいとは思えなくなる。
それでも、香川さんはきっと違う。そういう環境だからこそ楽しんでほしいと思ってる。昔のように戻ってほしいと、きっと思っている。
「あ、綿世さん、そこ白だよ」
「えっ、ど、どうしよう、黒塗っちゃった」
「はは、まあ上手く誤魔化そっか」
桐原くんの気持ちの変化が少しでもあったらいいのに。
そんなきっかけを作れたらいいのに。
「あの、瀬名くん」
「ん?」
「本当に、その、ついてきたんだね」
「もちろん」
放課後。自分の席でしばらく手紙と睨めっこをしていると、瀬名くんが「面白そうなのしてるな」と声をかけてきた。
どうやら手元の例のブツがラブレターに見えたらしく、からかいメインとした口調だったけれど、これを書くに至った経緯を話すと「ついていく」と短く告げられてしまった。
正直、どんな顔をして瀬名くんと一緒にいたらいいかわからなくて戸惑うけれど。
「いや、だって桐谷に手紙とか、それはもうやばいじゃん」
瀬名くんは至っていつも通りだから、あまり調子を崩されることもない。
私に送られてしまったこともきっと知らないのだろう。
「……なにがやばいの」
香川さんに連れてきてもらった道を思い出しながら、私たちは桐原くんの家に向かっていた。
きっと、このまま桐原くんは文化祭が終わるまで登校しないかもしれない。現に話すら出来ない状態だ。
「会えないから手紙で説得するとか、ほんと綿世さんらしいね」
「……全然面白くないから」
「まぁ俺も説得しよって言い出した人間だし、委員として仕事はするよ」
そう真面目そうに語りながらも目を細め、けらけらと笑われ不満を抱く。
じとっと睨みをきかせながら、二人して茜色に染まる町を歩いた。少し先に赤い鳥居が見えてくる。香川さんが桐原くんとのお祭りの話をしてくれたけれど、もしかしたらここで行われていたんじゃないだろうか。
閑散とした敷地内を外から見ながら、少しだけお祭りの雰囲気を重ねてみる。
楽しそうにしていた桐原くん、そんな彼をやっぱり想像するのは出来なかったけれど、そんなお祭りが楽しめなくなったことはとても辛い事なんじゃないだろうか。
「瀬名くんって、小さい時はお祭り好きだった?」
「お祭り?」
「地元のお祭りとか、あ、花火大会とか」
「あーどうだろう。綿世さんは?」
「私、お祭りは絶対りんご飴買ってたなあ」
「へえ、なんか綿世らしいね」
「瀬名くんは?」
これまた想像出来ない瀬名くんの幼少期。彼は「んー」と唸っては、
「嫌いだった」
そう笑って答えた。
教室前に飾る看板を制作するチームに加わっていると、黒の塗料を補充しに来てくれた香川さんが腰をおろす。
「ああ、そうだね」
文化祭の準備が本格的に始まり出してから、彼は一度も登校しなくなってしまった。きっと、浮かれている顔を見るのが嫌なんだと思う。
教室の隅に増えていくカーテンやら機材、ベニヤ板などが積まれているのを見ながら〝こういうのを見るのも嫌なんだろうな〟と思ったりする。
香川さんは残念そうな顔を浮かべながらも「だめだねぇ」と苦笑する。
「あいつ、こういうの好きなんだけどなあ」
「桐原くんが?」
「そう、地元のお祭りとか一番はしゃぐタイプだったし」
「……想像がつかない」
「ね、ほんとに」
悲しそうに、やるせないような横顔は、きっと桐原くんのことをたくさん考えている証拠なのだろう。
ほんとうは桐原くんだって文化祭に参加したいんじゃないだろうか。
でも、複雑な家庭環境と学校のギャップが大きすぎて、周りとの差に落ち込んでしまうんじゃないかなって。
遊んでられないと言っていた桐原くんは、そうやっていろんなものを諦めてきたのだろう。私では想像も出来ないような、大きな責任が彼にのってると思うと、私はもう文化祭に参加してほしいとは思えなくなる。
それでも、香川さんはきっと違う。そういう環境だからこそ楽しんでほしいと思ってる。昔のように戻ってほしいと、きっと思っている。
「あ、綿世さん、そこ白だよ」
「えっ、ど、どうしよう、黒塗っちゃった」
「はは、まあ上手く誤魔化そっか」
桐原くんの気持ちの変化が少しでもあったらいいのに。
そんなきっかけを作れたらいいのに。
「あの、瀬名くん」
「ん?」
「本当に、その、ついてきたんだね」
「もちろん」
放課後。自分の席でしばらく手紙と睨めっこをしていると、瀬名くんが「面白そうなのしてるな」と声をかけてきた。
どうやら手元の例のブツがラブレターに見えたらしく、からかいメインとした口調だったけれど、これを書くに至った経緯を話すと「ついていく」と短く告げられてしまった。
正直、どんな顔をして瀬名くんと一緒にいたらいいかわからなくて戸惑うけれど。
「いや、だって桐谷に手紙とか、それはもうやばいじゃん」
瀬名くんは至っていつも通りだから、あまり調子を崩されることもない。
私に送られてしまったこともきっと知らないのだろう。
「……なにがやばいの」
香川さんに連れてきてもらった道を思い出しながら、私たちは桐原くんの家に向かっていた。
きっと、このまま桐原くんは文化祭が終わるまで登校しないかもしれない。現に話すら出来ない状態だ。
「会えないから手紙で説得するとか、ほんと綿世さんらしいね」
「……全然面白くないから」
「まぁ俺も説得しよって言い出した人間だし、委員として仕事はするよ」
そう真面目そうに語りながらも目を細め、けらけらと笑われ不満を抱く。
じとっと睨みをきかせながら、二人して茜色に染まる町を歩いた。少し先に赤い鳥居が見えてくる。香川さんが桐原くんとのお祭りの話をしてくれたけれど、もしかしたらここで行われていたんじゃないだろうか。
閑散とした敷地内を外から見ながら、少しだけお祭りの雰囲気を重ねてみる。
楽しそうにしていた桐原くん、そんな彼をやっぱり想像するのは出来なかったけれど、そんなお祭りが楽しめなくなったことはとても辛い事なんじゃないだろうか。
「瀬名くんって、小さい時はお祭り好きだった?」
「お祭り?」
「地元のお祭りとか、あ、花火大会とか」
「あーどうだろう。綿世さんは?」
「私、お祭りは絶対りんご飴買ってたなあ」
「へえ、なんか綿世らしいね」
「瀬名くんは?」
これまた想像出来ない瀬名くんの幼少期。彼は「んー」と唸っては、
「嫌いだった」
そう笑って答えた。