「琴音、次移動教室! 置いてくよ」
 目の前の彼女が、クラスで派手な集団、渡辺さんに呼ばれる。
「あ、おっけー! すぐ行く!」
 誰とでも仲良く出来てしまうような彼女は、このクラスの学級委員で、人気者で、いつも笑っていて。こうしてぼっちの私も、見過ごせないようなやさしい性格をしてる。
「ほら、綿世さんも行こ」
「……うん、ちょっとトイレ行ってから」
「そっか、うん。じゃあ先に行ってるね」 
 誘いを遠回しに断るような台詞。少しの沈黙のあとでも、彼女は笑っていた。気分を害しただろうに「早くおいでね」なんてやさしい言葉のオプションまでつけてしまう。
 パタパタと走っていく背中を静かに見送りながら、窓の外を眺める。
 真っ青で澄み切った空が広がっている。
鮮やかに引かれた飛行機雲の線が綺麗に残っていた。
どうして、私は生きているんだろう。
心がぎゅっと絞り取られるような感覚。生きている意味が、いつだって見いだせない。
机の中から文庫本を取り出し、ぱらっとめくる。
 一人のお供はいつだって本だった。ありもしない世界に何度だって助けられた。だから、向き合いたくないことがあった時はすぐに本の世界に逃げ込む。
「ねぇ」
 そんな時、普段滅多にかけられることのないトーンが降ってきた。
「まだいるなら、鍵、任せていい?」
 窓から室内へと戻せば、私の席近くに立っていた瀬名くんと目が合う。片手には鍵がぶらさがっていて、時折キーホルダーとぶつかってカチカチ音を鳴らしている。
 あたりを見渡せば教科書とノートのセットを片手に教室を出て行く数人の背中が見える。
 すっかり次の授業が移動教室であることを忘れていた。若干の焦りを見せながらも出したばかりの本を戻しなんとか首を縦に振る。
「……あ、うん」
「そ」
 朝聞いたばかりの気怠そうな声は、どこか飄々としていて掴みどころがない。それが瀬名くんの印象で、変わらない印象。
 鍵を受け取ろうと手を差し出せば、すぐそこにあった鍵はひょいっと引っ込められる。瞬時に浮かんだハテナとともに顔を傾けていれば、
「やっぱ俺が閉めるよ、もう出るでしょ」
 任せられると思っていた鍵当番は呆気なく訂正されてしまった。「え、……うん」なんてはっきりしない返事を打ちながら机の中から教科書を取り出す。
「選ばれたね」
「えっ」
「委員」
 思わず会話の切口に驚きが滲む。
まさか続くとは思っていなくて、瞬きをぱちくりと繰り返し、何かを口にしなきゃと焦った挙句「あ、うん」と、さっきと同じ言葉を返してしまった。
「綿世さんってワンパターンだよね」
「え……」
「返し」
 そして、今尚続く会話は、どこか皮肉めいたもののようなもので「あ、うん、とか、え、とか」なんて口真似をされる。