「一人なんて、平気じゃない……だから、高校で変わろうとしたんじゃないの?」
 人気者になるために、たくさん勉強したのだろう。自分ではない人格を作りだすのは決して簡単なんかじゃない。
「……慣れっこなんて、そんなの自分にも他人にも使っちゃだめだよ」
 もっと、適切な言葉がある。
 香川さんに一番効果的な言葉が。
 今、与えられたい言葉が。
「私は……香川さんの味方だから」
 ああ、きっとあのときの私は、きっと誰かにそう言ってほしかった。
 味方だと、ここにいていいんだと、そう言ってくれる誰かがほしかった。
「でも、私……綿世さんを逃げ道にしようとして……そんな汚いとこあるのに味方なんて——」
「あるよ! 私も!」
 人間、きれいごとばかりじゃない。
誰だって醜くて、人に知られたくない内側が絶対にある。
「私も……ある、汚いとこ」
 誰にも知られたくはない、私だけの醜い秘密。
「綿世さんに汚いとこなんて……」
「読書感想文」
 壁に貼られた二枚の紙。
 あの廊下の前を通る度に、解放感を得ていた。
「貼られてるの知ってる……? 廊下に」
 匿名の、名無しが書いた、二枚の感想文。
「あ……良く書かれているのと悪く書かれてるの?」
「あれ、書いてるの私だから」
「え……?」
「悪く書いてる方。それが私の」
 登場人物の悪口しか書いてない、とても感想文とは呼べないような粗末な代物。
あれを私は本を読み終える度に書いて、匿名で図書室のポストにそっと投函する。置いてほしい本を希望するポストに、私は希望でもなんでもない、悪口を吐き出す。
「ああいうの書いて……心の毒を吐き出してるんだと思う」
 貼られる度にどきっとして、その度にこれを誰かが読んでくれるんだと思うと、どこかで毒が浄化されていくような気分だった。
「ウィルスを撒き散らしているのと同じ、かな」
 でも、浄化なんて一向にしてくれなかった。
心の毒はずっと溜まり続けて、消えた事は一度だってなかったんだ。
「勇気がないから匿名で出して、それで満足してる」
 登場人物の悪いところしか見ない、捻くれた感想文。読んでも良い気はしない、胸糞の悪い感想文。
「誰だって……あるよ、汚いところって」
 心が綺麗そうに見える人だって、きっと毒は少なからず溜まってるはずだ。誰にだって、そういう汚い一面は持っているものだと思う。
「香川さんだけじゃないよ、私だって、他の人だって、ある」
 だってあの香川さんが持っていたんだもの。彼女は、今までの自分を作りものだと言ったけれど、本当に作りものだったらあそこまで人に信頼されていない。それだけの素質があったんだ。だから、作りものなんかじゃなくて、本物だったんだと思う。
 本物の、人気者になれたんだと思う。
「……あれ、綿世さんだったんだ」
 そう言った彼女は、悪意のない笑い方で、ふっと傷を抱えながら笑った。