深く眠っている乗客など、起こしても起きない酔っ払いで見慣れているだろう。制服を着ている高校生という点が気遣うポイントなのか。

 どうであれ車掌室にいる彼にそう思わせるなんて、かなり長い時間を乗車しているのだろう。行ったり来たりを何周したのか。


「何時間くらい寝ていました?」

「んー……今が八時だから、大体四時間くらいかな。疲れが溜まっていたんだね」


 何もないと分かると、彼は安心して車掌室に戻って行った。始終を見守っていた周囲の興味も一分と経たずに削がれる。

 よほど顔色を悪くして眠っていたのだろう。


(どこの車掌も優しいな)


 内側だけでなく外側も。

 知っている姿が見えず、まだ一日も過ぎていない今、あの優しさが懐かしく感じる。寂しさも少し。


『まもなく――――町――――町』


 アナウンスが示した次の駅は、俺が降りる筈の最寄り駅だった。到着の直前に流れ、直ぐに駅が見えてくる。一時間も乗り続ける心配は不要だった。

 自己満足に車掌に会釈をして、懐かしのホームに降り立つ。弱冷房が効いていた車内とは違い、空気が籠もっていてかなり暑い。長時間ここにいると熱中症になるだろう。本当に旅行をしてきた気分だ。


「帰ろう……」


 家に。

 足取りは酷く重たかった。

 帰りたい場所は、同時に帰りたくない場所。一歩の歩幅は小さくとも、最寄りの駅から家までは二十分とかからない。近付けば近付くほど息が詰まった。喉と喉が引っ付いたように、酸素が上手く通りにくい。

 自分の家の前に立つと筋肉が硬くなり、身体が硬直した。ノルアドレナリンが大量分泌されて、自分の意志ではどうにも出来ない。深呼吸をしても何も変わらない。

 外で立ち続けているわけにもいかず、覚悟を決める。鞄の中から鍵束を取り出して、上下の二つの鍵穴の内、上の鍵を解錠した。