その日の夜。私はクラネスさんの部屋にいた。
 自分の意志を伝えるために。

 『私のことが大切なら、私の気持ちを優先してくれますよね?』

 弱みに漬け込んだみたいで卑怯ではあるけれど、それくらいしないと聞いてもらえないと思った。
 私の答えに、もう迷いはない。

 「私は、この町で生きている人たちが心から笑える未来を作りたい。この町が安心して暮らせる居場所であってほしい。そのために私ができるのは、続く可能性を信じて歌うこと。だから、受け取ってもらえますか?」

 言い切った。これが私の願い。町の人たちと関わることで見つけた答え。

 端的に言えば、私はクラネスさんのエゴに巻き込まれた部外者で、その上歌声までも取られてしまう。
 それでも託すと決めたのは、大切なものを犠牲にしてでも守りたいものがあると気づいたから。それが偶然クラネスさんだっただけで、異世界の町だっただけで、その答えに悔いはない。

 あとはクラネスさんからの言葉を待つだけだ。もっとも、そこに選択の余地なんてものはないけれど。

 「あぁ、受け取らせてもらおう。子どもたちと接している姿を見て、ちゃんと前を向いているのだと確かめられたからな」

 「あれ?もしかして私、試されてました?」

 嘘つきの笑顔を貼りつけると、勝手に言葉が零れてくる。

 歌が歌えなくなったっていい。それだけが自分と母親の記憶を繋ぐものではないから。それに父親への思いも見つけることができた。大切なものは歌以外にも沢山ある。

 でも、たったひとつだけ心残りがあるとするならば。

 ……私の歌声を好きだと言ってくれた人のために歌えなくなるのは、辛いです。

 そう素直に言えたら楽になれるのに。矛盾した気持ちを伝えれば、クラネスさんに歌声を受け取ってもらえない。新しいエネルギー源が完成しない。だから隠せ、これだけは。

 「だが、歌声は一番最後だ。エネルギーを動かすために必要な力で、完成したものの前で歌ってもらう」

 次で集める材料は最後。終われば、もう二度と会うことはない。今まで通りやれば気づかれないし、隠し通せる。大丈夫だ。そう思っていたのに。

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 「灯、それ取ってもらえるか?」

 「は、はい!」

 話しかけられる声やお互いの距離。触れる肩や指先。

 「灯、次の交渉相手なんだが」

 「え!?あ、はい」

 意識してしまっているせいか、過剰に反応してしまう。私は自分の感情を隠すのがこんなに下手だっただろうか。

 特に。

 「灯」

 名前を呼ぶ声が頭から離れない。今までだって何度も呼ばれてきたけれど、こんなに動揺することはなかったはず。
 このままでは怪しまれてしまう。

 「すみません!私やることあるので!」

 距離を置けば何とかなる。そんなやり方しか思いつかなかった。