客人を前にこの格好は失礼だからと、ジャージ姿の彼女――改め、轟木ほまれは三分ほど席を外して戻ってきた。

 ボサボサだった腰のあたりまである長い黒髪は櫛でとかしただけで艶があり、動くたびにさらりと揺れた。しかし、学校指定の白シャツとチェックスカート、黒のハイソックスと規定に乗っ取った服装ではあるものの、ジャケットではなく先程のジャージを羽織っている。生徒会長でその恰好は不味いのではと糸魚川が眉をひそめると、ほまれは「大丈夫だよ」と彼が考えていることを見通した。

「ジャケットは今、クリーニング中なの。学校側の許可は得ているし、防寒対策としてジャージの着用は許されているから問題はない。私は生徒会長であり、この学校の生徒の一人だもの。当然、校則は守るよ」
「……わかりました。わかりましたから、自分の考えていることを勝手に読み取らないでくれませんか。気味が悪いです」
「おおっと。ごめんね」

 怖がらせるつもりじゃないんだ、と言いながらソファーに向かい、ローテーブルを挟んで対面するように座った。すらっとした長い足が組まれ、垂れた黒髪を耳にかけながら、レンズ越しから糸魚川を見据えた。

「さて、トイくん」
「糸魚川です。さっきからなんですか、それ」
「キャッチーの方が馴染みやすいと思って。ダメ?」
「ダメというか、慣れないというか。初対面でいきなりニックネームはハードルが高いです」
「そんなことないよ。何度か呼んでいたら君も慣れると思う。私は多くの人と対等な立場でいたいんだ。強制的で申し訳ないけど呼ばせてもらうね。ちなみに私のことは会長でもほまれ先輩でも、なんならほまれちゃんって呼んでくれていいよ!」

 人の話を聞いちゃいない。もしかして過去の相談者も独自のニックネームをつけられていたのだろうか。

「そんなことはさておき、トイくんがこの生徒会室に来たということは、何か悩み事があるってことだよね?」
「そこは先読みしないんですね」
「私は超能力者じゃないの。トイくんの顔に書いてあったからわかっただけ」

 勿体ぶらないでよ、と茶化してくる。相談に訪れる生徒が年々減ってきているのは、彼女のコミュニケーションの取り方が異常だからではないだろうか、と憶測が浮かぶ。
 これ以上は埒が明かないため、糸魚川は本題に入ることにした。

「実は、ペンダントを落としてしまったんです」
「ペンダント? 首から外れちゃったの?」
「いえ、元々チェーンの留め具が緩くて、無くす前までは手に持っていました。くすんだシルバーのチェーンで、五百円玉サイズのコインみたいなのがついています。手のひらには収まるサイズですが、落としてもすぐ見つかるほどの目立つ大きさです。ただ、どこを探しても見当たらなくて。おそらく教室から理科室の移動の際に落としたんだと思うんですが……」
「ふむ……つまり、そのペンダントを探してほしいという相談だね? もちろん協力は惜しまないよ。早速落としたとされる場所に――」
「あ、いえ。そうじゃなくて」

 やる気で満ちているほまれが勢いよく立ち上がるのと同時に、糸魚川が止めた。

「僕がここに来たのは、捜索の依頼でも協力要請でもありません」
「ん? どういうこと?」
「突飛な生徒会長なら、どうやってあたりをつけて探すか――参考までに伺えればと思ってここにきました。探すのは僕一人で充分です。たかが失せ物探しで大事にしたくないので」