彼女は床を指さしながら嬉しそうに笑う。見れば糸魚川の片足が生徒会室の敷居を跨いでいた。すると、半ちゃんと呼ばれていた男子生徒が糸魚川の肩を掴むと、半ば強引に生徒会室に押し込みながら尋ねる。

「客人なら先に言ってくれ。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「あ、あの……」
「カフェインは苦手か。とすると緑茶……いや、ココア?」
「ココア? 半ちゃん、私にもちょーだい!」
「自分でやれ。……しまった、牛乳がない。ココアは無理だ」

 男子生徒は困惑する糸魚川を中へ誘導し、空いている椅子に強制的に座らせる。ジャージ姿の彼女にいたっては、先程と同様にうつ伏せになってまた読書に戻った。

 糸魚川が異様な空間に居心地の悪さを感じていると、目の前に温かい紅茶が置かれた。真っ白なティーカップに映える濃いオレンジの(すい)(しょく)が揺れ、ふわりとアールグレイの香りが漂う。「ミルクが無くて申し訳ないが……」と言って角砂糖の入ったシュガーポットとポーションミルクが置かれると、糸魚川は「お、お構いなく」とぎこちなく伝えることしかできなかった。

「半ちゃん、私のは?」
「自分で作れ。……それで新入生、何か相談しにきたんだろ? えっと……」
「あ、自分は糸魚が――」

「彼は糸魚川航くん。一年三組在籍、出席番号二番。身長一六五センチの細身体型。成績はそこそこ……ああ、化学が苦手かな。難しいよね、化学式。それ以外は目立ったところはない、どこにでもいる普通の生徒だ。むしろ地味だと言ってもいい。ああ、間違っているところがあったら訂正してもらって構わないよ」

 本から顔を上げることなく、彼女は糸魚川のプロフィールを並べていく。当人はまだ、まともに言葉を発していないというのに。

「なんでって顔してるね。それは私が生徒会長だから。全校生徒の顔と名前はすべて記憶しているよ。そして君はここに相談したいことがあって訪れた……ちがう?」
「そうですけど……って、え?」

 糸魚川は思わず彼女に聞き返した。

「い、今……生徒会長って……」
「少し前までは目安箱を置いていたんだけど、悪戯が多くて止めちゃったんだよね。それから相談に来る生徒は減ったけど、来るときは来るもの。まさか私の休息タイムと鉢合わせするとは思わなかったなぁ。……でも考えてみたらそうだよね。真面目な君がここに訪れるとしたら、授業終わりの十分間の休憩ではなく、ある程度時間の取れる昼休みや帰りのホームルーム直後を狙う。そして放課後は必ず私が生徒会室にいると、三年の教室まで行って聞いてきたんでしょ? 何気に怖いもの知らずだね、気に入った!」

 彼女は読んでいた本をそのままにして起き上がって淡々と綴る。人の真意を見透かしたのを自慢するように、どことなく腹立たしく思わせるような口調で。

 噂には聞いていた。この学校の生徒会長は、良くも悪くも真っ直ぐ(・・・・)だと。

「改めまして、私は生徒会長の轟木ほまれ。生徒の有意義な学校生活を応援するために、協力は惜しまないよ。――宜しくね、トイくん(・・・・)