半井の声かけと同時に、ほまれが興奮交じりの声で呟いた。地面から顔を上げた糸魚川が、彼女の手のひらに置かれた物に目を見開く。土で汚れているが、留め具が壊れた五百円玉ほどのロケットだった。
「ここ、側面に切り込みが入ってて開けられるようになってるの。トイくんが確認して」
「は、はい」
渡されたロケットを糸魚川が慎重に開く。中には二人の男女が赤ん坊を囲んで微笑んでいる写真が入っている。――間違いなく、糸魚川の両親だった。
「これだ……これです、間違いありません!」
「や……やったぁ!」
いろんなものが込み上げてくる中、糸魚川が絞り出した言葉にほまれは飛び跳ねて喜んだ。半井も寄ってくると、ホッとしたように笑みを浮かべた。
「よかったな、糸魚川。どこにあったんだ?」
「レンガとブロックの隙間に引っかかっていたの。コンクリートの表面で削れて傷になってる部分があるから、転がった時に自分で耐えたんだろうね」
「……どういうことですか?」
まるでロケットに意志があるような言い草に、糸魚川は首を傾げた。落とした際に転がって運よく引っかかったならばまだしも、見つけてもらえるように耐えたというのはどうもおかしい話だ。
しかし、ほまれは小さく笑って言う。
「ロケットが、君の元に帰りたかったからさ」
「……いやあの、高校生になって流石にその例えは無理がありませんか……」
「どうして? 君は幼い頃に遭った火事で両親に守られた。お父様はお母様を助けるために戻り、帰らぬ人になってしまったけど、二人とも必ず君のもとへ戻ると誓ったはずだよ。だから、ざらついたコンクリートに引っかかれ傷がついても、焼却炉の煤で黒くなっても、君が見つけてくれると信じて待ってたんだよ。……今度こそ、君の傍にいるために」
『必ず戻る』――朧げな記憶の中、朱色のアパートを背に父親との最後に交わした言葉が蘇る。
燃え盛る炎の中に戻っていく大きな父親の背中を、糸魚川は無我夢中で何度も呼び止めた。
空を切る自分の両手が嫌だった。
周りを振り払ってでも一緒に飛び込めば良かった。
変わり果てた二人の前に人目も気にせず泣きじゃくった。
一緒にいたかった。
助けたかった。
――せめてもの償いでずっと身に着けていたはずなのに、どうして切り捨て、忘れようとしていたのだろう。
もう一度手の中にあるロケットを見る。写真の中の二人は微笑んでいた。
「よく頑張ったね。ご両親も、トイくんも」
糸魚川は煤にまみれた両手でロケットを包み、その場にしゃがみこんだ。声を押さえながらも地面に大粒の涙が零れる。ほまれと半井は静かに見守っていた。