教室のドアをノックする行為に緊張を覚えたのは、入試の時以来だろうか。

 (いと)()(がわ)(わたる)は高校入試に向けた面接練習で何度も緊張しい自分を鍛え直し、本番では噛みこそしたが、無事に第一希望であった高校に合格した。楽しい高校生活が始まると心躍らせたのも束の間、入学して一ヵ月と少しが過ぎた今日、こんなことになるなんて思いもしなかっただろう。

 廊下から差し込む夕日に照らされた「生徒会室」のプレートが掲げられた教室の前に立つと、急に不安に襲われた。このドアの向こう側は恐ろしい怪物の住処だとか、悪だくみをしている不良のたまり場とか、いろんな噂が次から次へと彼の耳に入ってくるからかもしれない。

 実際に生徒会に関わった生徒から話を聞きだそうとすると、ほとんどの生徒がだんまりを決め込んだ。「生徒の有意義な学校生活を応援します!」をモットーに活動している生徒会が、まさか脅しているのではないかとも考えたが、生徒会に相談を持ち掛けた生徒は清々しい笑みを浮かべて学校生活を送っている。

 なにか口封じで薬でも飲まされたのではないかと、大半の生徒が気味悪く思っているらしい。そんな魔の巣窟に自分からノックする生徒は珍しいという。

 かくいう彼も、相当な変わり者だと自負していた。どうしても聞きたいことがあるから訪ねただけで、それさえ聞き出せばすぐ離れるつもりである。長居をする理由はないし、長引くような相談ではない。答えを聞けたらそれでいいのだ。

 糸魚川は意を決して、震えた拳でドアをノックした。鈍い音が三回響くと、中から「はーい。どーぞ、勝手に入って来てー」となんとも気の抜けた声が聞こえてくる。