「糸魚川? 何かの間違いじゃないのか?」
「でも松田先生、俺たちが来た時に垣田の机を漁ってたんだ!」
「俺も見た!」
「糸魚川、どうなんだ? 私には、お前がこんなことをするとは思えないんだが……」

 先生が信じられないといった表情を糸魚川に向ける。反論しようとすると、取り押さえている彼らが糸魚川の腕を強く掴んで牽制する。どうやら何が何でも糸魚川を泥棒に仕立てたいらしい。
 すると垣田が二人の間に入ってきて鼻で嗤った。

「先生は糸魚川を買いかぶりすぎているんですよ」
「垣田……どういうことだ?」

「最近の糸魚川は放課後に校内を探索しているのをご存じですか? それは金目のものを探しているからなんですよ。人がいない教室を見つけて、何度も盗みに入っていたのを俺は目撃しています。それに名字の違う表札の家に毎日帰っているのを知っていましたか? それって学生としてどうなんでしょう? 彼は家出中で泥棒まで行う、校内で最悪の生徒ですよ!」

 他のクラスメイトも登校してくる頃を見計らって、垣田の声はどんどん大きくなっていった。廊下から様子を伺う生徒が増えてくると、彼らにも向かって垣田は街頭演説のように撒き散らす。それは確証もない法螺話をさらに大袈裟にした、反吐が出るようなヘイトスピーチだった。

 困惑する聴衆にひとしきり訴えると、今度は糸魚川に目を向けた。

「お前、ちゃんと家に帰ったほうがいいぞ? ……でもあんな古びた一軒家に住んでいても、誰も心配しないか!」

「――はぁ?」

 いつになく不機嫌な声を出して垣田を睨みつける。それでも垣田はニタニタと悪い笑みを浮かべていた。糸魚川の窮地を目の当たりにして優越感に浸っているのか、とても嬉しそうに見えた。

「なんだよ? 現に俺の机を漁っていたんだから言い逃れは――」
「家族は関係ないだろ。取り消せよ」
「え?」

 糸魚川は右腕を大きく動かして拘束を振り払うと、垣田の胸倉を掴みかかった。

「僕のことはまだいい。でも家族を侮辱するのだけは絶対許さない。今すぐ這いつくばって、馬鹿にしたことを取り消せ!」

 表札に自分の名前が無いことも、亡くなった家族の写真が入ったペンダントを持ち歩いていたことも、自分の意志を二人と相談したうえで決めたことだ。親戚ならともかく、垣田のような他人が口出しする権利はどこにもない。自分が気に入らないからと他人の家庭事情を晒し、荒して笑いものにして楽しむ――こんな人間に家族を馬鹿にされるのは、例え自分が退学になったとしても絶対に許せなかった。

「取り消せよ、早く!」
「やったな糸魚川、ついに本性が……」

「――そこまで!」