十年ほど前――市内にあるアパートで深夜、二階に住む住民の寝タバコが火元と見られる火災があった。火は次第に燃え移り、最終的にアパート全体を包んだ。火災報知器が備わっていたにも関わらず上手く作動しなかった糸魚川の部屋は、残業を経て帰宅した父親が気付いていなければ逃げ遅れていただろう。

 最悪の場合を考えた母親は、息子に家族写真が入った自分のペンダントを首にかけると父親に託した。すると部屋を出る途中で壁が崩れ、母親だけが取り残されると、父親は引き返すのを躊躇いながらもまずは息子を安全な場所へとアパートの外に出た。

 すでに避難していた他の住民から消防隊が遅れていることを知った父親は、息子を預けて再び火の海へ飛び込んだ。消防隊が到着したのはその十分も後で、二人が戻ってくることはなかった。

 生き残った息子はその後半年ほど親戚をたらい回しにされ、最終的に遠縁である(かい)()夫婦に引き取ってもらえることになり、今に至る。


「つまり、そのロケットの写真は最後の家族写真で、両親の形見なんだね」

 今まで黙って聞いていたほまれが、感慨深げに口を開いた。

「そんなに大切なものを隠されて、君は怒り狂ってもおかしくはないはずだ。大事にしたくなかったのは、今のご両親に迷惑がかかるから? それとも一人で何とかなると思ったの?」
「どっちもです」

 少なくとも親戚にたらい回しにされた時点で、自分を引き取ってくれた海田家には迷惑しかかけていないのだ。いつしか二人を、自分以外の誰かを頼ることが苦手になっていた。

「それに同い年が隠すんだから、自分が覚えていられる場所に隠すだろうって思って。大事にはしたくなかったけど、こんな展開になると思っていなかったので、想定外でした」

 あまりにも糸魚川が素っ気なく答えるから、二人はまた黙ってしまった。