「逃げられるものなら逃げてみろ。地の果てまで追いかけてやるからな」

 ――と、言いたげな半井の威圧に逆らうことなどできるはずもなく、糸魚川は大人しく生徒会室に連行された。

 片手でスマホを操作しながら廊下を歩く半井の涼しげな横顔にうっとりする女子生徒や、掴まれた腕を見て嫉妬する先生の目を掻い潜って生徒会室に辿り着くと、轟木ほまれがソファーに足を投げ出して校舎の見取り図に目を通していた。昨日までのジャージ姿ではなく、制服のジャケットを羽織る彼女の姿はどこか新鮮に見える。二人が入ってきたことに気付くと、顔を上げて笑みを浮かべた。

「やぁ、トイくん。来てもらって悪かったね。どうぞ座って。半ちゃん、ココアはある?」
「ねぇよ。腐りやすい物は買い置きができないっていつも言ってんだろ」
「でも今日トイくんが来ることは事前にわかってたじゃん」
「ついさっき決まった話だろ」
「……ちょっと待ってください。何の話ですか?」

 二人の先輩が交わす話の内容が入ってこない。なぜほまれは、糸魚川が再び生徒会室を訪れることを確定していたかのような口ぶりをしているのか。昨日の相談はすでに解決したはずだ。

「そんなの簡単だよ。私が君に会いたかったからさ」

 ボストン眼鏡をかけ直しながら、ほまれはあっけらかんと言う。さらに首を傾げた糸魚川に半井が付け加えた。

「あの相談の件で聞きたいことがあってな。どちらにせよ、お前は今日の放課後は生徒会室に来ることは確定していた」
「じゃあ、半井先輩が一年の教室が並ぶ階にいたのは、最初から連行するため?」
「この学校に一年も三年も関係ない。俺がどこの階にいたって不思議じゃないだろ」

 それはそうだけども、と言いかけて糸魚川は口をつぐんだ。校内で一番目立つ半井が校内のどこにいようが関係ないが、入学したばかりの一年生にとっては上級生からの威圧感は耐えられないものだ。

「――それじゃあ、本題に入ろうか」