一日の授業がすべて終わると、糸魚川は手早く荷物をまとめる。半井と鉢合わせになれば、また話を聞かれるような気がした。そうなったら今度こそ逃げられないだろう。

 鞄を背負って教室を出ようとすると、突然後ろから肩を掴まれた。振り向けば、ニヤニヤと笑みを浮かべているクラスメイトの(かき)()(ひろ)()がいた。
 糸魚川と一回り大きくがっしりした体格を持つ垣田は、一年生ながらバスケ部の一軍メンバーに抜擢されるほどの期待のエースだ。統率力だけでなく発言力もある器用な彼は、糸魚川とはまるで正反対な存在である。

「そんなせかせかと帰んなよ。ちょっと付き合え、な?」
「……今日、用事あるから」
「昨日も同じこと言ってたじゃん。来いよ」

 話も聞かずに垣田は糸魚川の腕を強引に掴むと、少し離れた空き教室に引っ張っていく。されるがまま黒板に叩きつけられると、垣田に頭を掴まれた。

「糸魚川、まだ探してんだって? いい加減諦めろよ」
「……僕のことなんか放っておけよ。それともどこに隠したか、教えてくれる気にでもなった?」
「俺にそんな口聞いていいのか? ペンダントの場所を知っているのは俺だけなんだぞ」

 鼻で嗤いながら垣田は糸魚川の頭を掴む手を強めた。それでも顔色一つ変えない彼に、垣田は更に続ける。

「あんな価値のないものを必死に探すなんて、よっぽど暇なんだろ?」

 思わず殴りそうになった。

 拳を固めたところで我に返って、込み上げてくる怒りをなんとか抑え込んだ。人の気も知らず、他人の物をおもちゃのように扱う奴を殴って気を紛らわせるのは、相手の思う壺なのだと自分に言い聞かせる。

 怒りは一時の感情に過ぎない。だから我慢すればいい。――それだけを考えていた。

「――何してんだ?」