『残り0分! カッハッハッハ! 残念だったな人間どもよ!』

 赤い目をたぎらせた魔族が、さも愉快そうな笑い声をあげる。

 その目の前には、地面に這いつくばるAランクの冒険者たち。まだ戦いたいという意思はあるようだが、満足に動くことすらできないようだ。

「すまない、少年……。私たちでは、この化け物に一撃当てることさえ叶わなかった……」

「ううう、ぁぁぁぁあああ……!」

 そう泣き叫ぶのはバルフ。
 いつもは気丈な彼だが、この事態はやはり怖いのだろう。裏返った声でひたすらに泣きじゃくっている。

『フ……いい悲鳴だ』
 その泣き声をどう捉えたのか、魔族が愉悦の表情を浮かべる。
『ああ……心地よい……。こんなにも手軽に人間どもを蹂躙できるとは、10年も待った甲斐があったというものよ』


「――ほう。その話、詳しく教えていただこうか」


『なに……⁉』

 魔族が目を見開いた、その瞬間。
 俺は咄嗟に駆け出し、横方向から魔族に急接近した。今生では全力疾走したこともなかったが、身体の動かし方はよく覚えていたようだ。さしたる問題もなく魔族との距離を詰めた俺は、奴の片腕に拘束されたバルフを抱きしめる。

『な……!』

 魔族が驚きの声をあげ、慌てたようにもう一方の腕を振りあげる。
 だが、もう遅い。
 その腕が振り下ろされた頃には、俺は充分な距離をとって着地。バルフの救出は無事に成功した。

「え……? あ、あんたは……」

 俺の腕のなかで、すっかりやつれきったバルフが目を見開く。

「……無事だったか。もう二度と、馬鹿な真似をするんではないぞ」

「え……」

「さあ、じきにここは戦場になる。あの者に従って、すぐに逃げるのだ」

 そう言って俺が手差しをした方向には――レナス・カーフェ。

 正直疑わしかったが、本当に避難誘導するつもりのようだ。片腕をぶんぶん振り回し、大声を張る。

「皆さんはこちらへ! 帝都の教会にお連れします!」

 ……まあ、黒仮面なんか被ってるし、変声機能のせいで野太い声になってるし、怪しさ満点なんだけどな。
 それでも、この状況でどっちを信じるべきかは明白だろう。

「ぞ、増援か……?」
「い、いや、それとも違うような……?」

 かろうじて意識をとりとめていた冒険者たちが口々にそう呟きたてる。

「うふふ、私たちは秘密結社の《月詠(つきよみ)黒影(くろかげ)》。皆さんの安全は私が保証しますから、どうぞご安心ください!」

「は……?」

 おい、あいつはなにを言ってるんだ。
 秘密結社とか、月詠の黒影とか……そんなもん初めて聞いたぞ。

「つ、月詠の黒影……? なんだそれは……?」

「わからんが、考えるのは後だ! いったんずらかるぞ!」

 あーあ……
 よくわからんまま、その名前で覚えられてしまったではないか。秘密結社に月詠の黒影……中二っぽくて、嫌いではないが。

「まあいい……俺は俺で、あいつを倒してやるとするか」

 そして振り返った先には、最下級に位置する魔族。

 黒い鱗で覆われた身体に、赤い目、そして禍々しい存在感を放つ両翼。
上位の魔族は本当に人間と区別がつかないが、こいつは比較的、魔物らしい見た目をしている。それもまた、こいつを最下級と位置付けた理由だ。

『グググ……なんだ貴様は……!』
 その魔族は、憎しみのこもった目で俺を睨みつけていた。
『たかが人間の分際で魔族様に逆らおうなんてな……。そこそこの実力はあるようだが――哀れだな。半端な実力は死を招く』

「フフフ……ハハハ……」
 その発言に、俺は溜らず大笑いを発してしまう。
「ハーッハッハッハッハ! 最下級の魔物が、随分と偉い口を叩くものだな。あまりに滑稽すぎて、笑ってしまったよ」

『な……なんだと⁉』

「そこまで言うのなら見せてやろう。無謀な戦いを挑んでいるのはどちらであるかをな!」

 俺は高らかに笑うと、大仰に両腕を広げる。

 昔は魔法など全然扱えなかったが、いまならわかる。体内に巡る魔力を一か所に集中し、溜まりきったところで放出する。それが魔法を扱うテクニックだ。

 体内の総魔力量も、そして魔法を扱うテクニックも、一朝一夕で高められるものではない。長年の鍛錬があって初めて《一流》と呼ばれるようになるのだ。

 平凡な魔術師が中級魔法を扱うだけでも数年かかるし、上級魔法となると才能もかかわってくる。

 その過程をすっ飛ばして、上級魔法をも一気に使えるようになったのが俺だ。

 これぞまさに転生者……不正力の賜物といえよう。

『ば、ばばばば、馬鹿な……⁉』
 俺の魔力を感じ取ったか、魔族が数歩後退する。
『この反応は……! 失わせた魔法(ロストマジック)が、いったいなぜ……⁉』

 失わせた魔法。
 なるほど、語るに落ちたな。

 やはり人類の衰退には魔族が一枚噛んでいた。そこにベイリフがどう絡んでくるかは不明だが――それだけわかれば充分だろう。

「死ぬがいい、喪失魔法(・・・・)(いち)、エンペラーバースト!」