最近、同じような夢をよく見る。
 中学の図書室の夢だ。
 図書室の奥に開けた空間。一枚板の大きなテーブルに六つの小さな椅子。一番陽当たりのいい場所に、不自然に置かれたロッキングチェア。窓辺に沿って作られた座高が高めのカウンター席。まるで隠れ家(エルミタージュ)のような静謐せいひつな気配を持つ一角。そこに集まる、制服姿の少年少女たち。
 夢は賑やかなときもあれば、静かなときもある。どちらの夢であれ、目が覚めた後には必ず、満ち足りた幸福感が残っていた。

 今日は、静かな夢だった。
 定位置になったカウンター席に座って、文庫本を開いていた。桜の咲く季節、少しだけ開いた窓からは春風と共に、桜の甘酸っぱい香りがふわっと漂ってくる。午後の陽は穏やかで、頭を撫でられているような心地に、うとうとと眠気がやってくる。
 やがて、セーラー服の少女が一人やってきて、自分の隣に鞄を置いて座った。肩の辺りで切りそろえた髪は黒く、肌は透き通るように色白だ。大きな吊り目が印象的で、凛としたアルトの声で、自分に微笑みかける。
「おはよう、夜鷹(よたか)
「おはようございます、先輩」
 覚えてる。
 その人が来ると、心臓が少しだけ脈を早く打つことも。
 覚えている。
 その人が声を掛けてくれると、頬が少しだけ熱を持つことも。
 覚えている。
 自分の声のトーンが少しだけ弾むのに、喉咽が苦しくなって、小さな声しか出せなくなるのも。

   ◆

 うっすらと、静かに瞼を開く。
 薄暗いなかにぼんやりと青い気配が漂っている。布団のあたたかい微睡みを冷ますような、静かな冷たい空気を吸い込んだ。さらさらと、外から雨音が響いてくる。サイドテーブルに置いた時計は、午前五時を差していた。
 ゆっくりと身体を起こして、カーテンを開ける。天が零した涙ような雨が、やさしい音を立てて降っていた。窓を開けると雨の匂いと涼しい風が頬を撫でた。遠くの空は淡く白んでいる。この分なら今日の出発の時間には晴れているだろう。
 窓辺に置いた花瓶に挿した、白い紫陽花の花が密やかに香り立った。小ぶりな花びらを指で掬う。
 あの図書室にも、花が飾ってあったな。
 懐かしい夢を見たからだろうか。
 ふいに、つぅ、と頬に雫が伝った。