三島が電話を切ってから数分後。
チャペルの入り口の方向から、コックコートを着た一人の男性が姿を現した。
いや、あれは……。
「先程は失礼しました! 羽島望さん!」
男性は俺に近づくなり、深々と頭を下げ、開口一番謝ってきた。
このこちらが恐縮するほどの腰の低さ。
やはり先程の警察官で間違いないようだ。
しかし分からないのは、この男の正体だ。
「えっと……、あなたは?」
「申し遅れました。僕は豊橋 剣人と申します」
「豊橋って……」
俺は思わず、三島の方へ顔を向けてしまう。
三島はそれに応えるように、ニコリと不快な笑みを浮かべるだけだった。
「はい。妹がいつもお世話になってます」
「……あー。そういうことか。まさか兄貴まで投入してくるとはな」
「普段はこのホテルのキッチンで、アルバイトをしています。さっきは警察官なんて嘘を吐いて申し訳ありませんでした」
俺が聞くよりも先に、彼はそう言って再び頭を下げて来る。
「彼ね。この近くの劇団にも所属していてね。さっきの警察の制服も、実は衣装だったんだよ。今日は出勤前にちょっとだけ協力してもらったんだ」
三島は、やや言葉足らずの豊橋さんの兄をフォローするように言う。
「……なるほどね。ナチュラル過ぎるくらい地域密着型の良いお巡りさんだったよ。つーか本人まんまじゃねーか、チクショウ」
「あ、あのっ! 羽島さん! 今日はあなたに改めてお礼が言いたくて……」
「はぁ? 礼を言うのはコッチの方だろ? ありがとな。出勤前にワケの分からん遊びに付き合ってもらって」
「い、いえ! それは別にいいんです。あの……、妹を、光璃を救っていただきありがとうございます!」
「い、いや、救うって……」
「知ってはいたんです。あの娘が詐欺に遭ったことも、あんまり良くない会社に入ったことも」
「……まぁ、それについては多少言いたいことはあるけどな」
「はい、すみません……」
彼はそう言うと、バツが悪そうに俯く。
元より気になってはいた。
彼女が仕事やローンに苦しむ中、家族は何をしていたのか。
確かにロクに調べずに突き進んだ彼女にも非はあるだろう。
しかしそれは、人の善意を信じて疑わないという、彼女の長所とも短所とも取れる性質が生み出した偶然の産物とも言える。
それを自業自得の一言で片付けてしまうのは、あまりに酷だ。
無論、金が絡んでいるので、一概に協力できるかと言えばそうとも言えないだろう。
だが、やり方などいくらでもある。
身内であるなら、彼女が一番辛い時期にこそ支えてやるべき、だとは思っていた。
とは言え、外野の俺が頭ごなしに咎めることなどできまい。
「……つっても、俺だって実際のところ何もしていない。むしろ、ワケの分からん私情を押し付けて、アンタの大切な妹をその良くない会社とやらに縛り付けてんだ。アンタには恨まれても仕方ねぇとすら思ってるよ」
「恨む、だなんてそんな……。あの娘、昔からヘンなところで意地っ張りというか、強がるところがありましてね」
「まぁ、分かる気はするが……」
「ホントなら、僕が真っ先に相談に乗ってやるべきだった。ウチはそんなに裕福な家庭じゃないので、恐らく両親にも話していないだろうし。でも、あの娘。詳しい事情を聞いても頑なに話さなかったんです。恐らく、僕がこうして役者の夢を追ってるから、負担をかけたくなかったんでしょう」
「そりゃ……、なんとなく想像つくな」
「だから、三島くんから羽島さんの話を聞いた時は驚きましたよ。まさか、光璃があなたとそんなことになっていたなんて」
「人聞き悪い言い方しないでね……」
「でも、ホントに安心しました。今あの娘に必要なのは、素を出せる場所だと思いますから」
彼女の素、か。
やはり少なからず、彼女は気を許してくれていたのだろう。
彼女が俺にしたこの仕打ちこそ、その何よりの証拠だ。
「あんましそう明け透けにしてやるなよ。豊橋さん、悶えるぞ。んで……、肝心な豊橋さんの姿が見えないんだが」
俺がそう問いかけると、米原と三島は互いに顔を見合わせる。
そして、次の瞬間には米原が耳を劈くような大声で爆笑する。
「ぶはははははっ!! やっぱり分かってねぇじゃねぇか!! 何だかんだコイツは騙されやすいんだっつーの! 三島ぁ! 次の飲みはお前持ちな!」
「そうだね。羽島くんの顔を見る限り、本当に分かってなさそうだね。ちょっとガッカリかな」
などと米原と三島は、俺を置き去りに好き勝手宣う。
「おい……。どういうことだよ?」
「お前、ホントにピンと来てないのかぁ? あーあ。これじゃ豊橋さんが可哀想だな!」
「あのな……」
「羽島くん。彼女はココにはいないよ」
「は?」
三島からの思わぬ言葉に、思考が追いつかない。
「えっと……、つまりはどういうことだよ」
「だーかーら! 豊橋さんはココにいねぇんだよ!」
「それは分かったつーのっ! そんならどこにいるんだって話だ!」
俺がそう聞くと、三島が得意げな笑みを浮かべる。
「よし! じゃあ彼女の嘘にまんまと騙された哀れな羽島くんのために、一つヒントをあげよう」
三島はやたらと恩着せがましく、俺に言う。
ご丁寧に枕詞の煽りも忘れずに。
そして、白々しくコホンと咳払いをして見せる。
「かの映画界の巨匠、浜松朔良は言った。『恋愛映画には物語の全てが詰まっている』と」
「……いきなりナンだよ?」
三島は俺に構わず、そのまま続ける。
「そして彼女の処女作であり、引退作となるはずだった作品については、取り分けラストシーンへの強いこだわりがあった。具体的には何か。それはシーンの舞台となる場所」
「あ……」
ここまで聞いてやっと腑に落ちた。
そんな俺を見て、三島は満足そうな笑みを浮かべながら続ける。
「そう! それは『始まりと終わりのある場所』だ!」
なるほど……。
コレは中々に底意地が悪い。
今までの彼女では考えられないことだ。
「光璃ちゃんから伝言を預かってるんだ。『もし、合格なら罰ゲームが終わった後、ラストシーンの場所に来て下さい』とのことだ」
「……大掛かりにも程があんだろ。何が結婚式だよ。突拍子なさすぎだろ」
「結婚式は嘘じゃねぇよ」
「……は?」
米原から、寝耳に水の言葉が飛び出した。
またしても呆気にとられる俺を見て、米原はわざとらしく大きく溜息を吐く。
「あのな。流石にお前への茶番のためだけに、こんだけメンツ集めたりしねぇよ」
「は? 待て! つーことは……」
「うん、そうだよ。今日はそこの二人の結婚式だよ」
三島はそう言うと、福山さんと三原さんに向き直る。
「福山さんと三原さん。勝手ながら、父の伝手で事情を聞かせていただきました。あの……、何と申し上げればいいか分かりませんが、心中お察しします」
「っ!?」
「…………」
三島の言葉に三原さんは、言葉を詰まらせる。
福山さんはどこか居心地悪そうに視線を逸らす。
「三島……。どういうことだよ」
俺の問いに、三島は黙って二人の方へ視線を向ける。
「えっと……、三島くん? だっけ? 大丈夫だよ。私たちから話すから」
三原さんは覚悟を決めるようにフゥと息を吐く。
「あのね。実は私たち、駆け落ちなの。今時、珍しいでしょ?」
三原さんはやっとの想いで絞り出したであろう言葉は、俺を戸惑わせるには十分だった。
飄々と応えているものの、その実作り笑いであることは誰の目に見ても明らかである。
そこから彼女は、事の経緯を話し始めた。
どうやら彼女の家系は、創業以来家族経営を貫く、地元ではそれなりに名の通った中堅企業らしい。
所謂良いところの娘ということもあり、彼女には様々な期待を寄せられていた。その最たるものが、結婚相手だった。
20代も後半を過ぎ、所謂適齢期を迎えたある日、彼女のもとに競合他社の子息との見合いの話が転がり込む。
まぁ俗な言い方をすれば、政略結婚の駒として使われる予定だったのだろう。
その頃には既に福山さんと交際しており、当然彼女は反発する。
だが両親も譲らず、話は平行線に。
家をとるか、彼をとるか。
彼女が選んだのは、彼だった。
「だからね。今の仕事も辞めなきゃいけないんだ。今の職場は親も知ってるし、まだまだこれからごたつきそうだしね。流石に職場に迷惑はかけられないじゃん? 優輝くんには悪いんだけどさ……」
「……まぁ言うて、就活には慣れてるからな。心配すんな」
二人は気丈に振る舞っているが、内心気が気ではないはずだ。
正直な話、意外と思ってしまった。
無論、二人の仲を疑うつもりはない。
とは言え、大学生時代の彼女を思い出す限り、あまり情緒的に動くタイプではなかった気がする。
ともすれば、一昔前の三流ドラマのお約束のような二者択一に対して、一時の情に流されるような人とは思えなかった。
それは福山さんにしても同じだ。
「あの……、こんなこと聞いていいのか分からないんすけど……。リスクとかは考えないんですか?」
余計なお世話とは分かりつつも、つい口を滑らせてしまった。
知りたかった。
周囲の関係を捨てでも、結ばれる道を選んだ理由を。
それは単に愛情や反抗心だけではない、何かがあるような気がした。
「リスク、か……。確かにそうかもね。仕事にしても、今よりいいところに就職できる保証もないし、実家と縁が切れたら経済的にも心許ないしね」
「じゃあ、何で……」
「いつだったかね……。浜松さんが言ってたんだ。『他人に嘘は吐いても、自分に嘘は吐くな』って」
それを聞いて、俺は思わず胸をざわつかせてしまう。
「あの娘、ホントに無茶苦茶だよね! でも、なんか今になってみれば分かるっていうか、しっくりくるっていうか……」
俺は彼女から、その言葉を直接聞いたわけではない。
だがそれは、紛れもなく浜松朔良の生き様そのものだ。
だから、自然と腑に落ちてしまう。
「会社同士の付き合いもあるし、お父さんたちの言いたいことも分かるんだ。でももし、私がヘンにここで妥協したら、後々恨みたくない人まで恨んじゃいそうになると思うんだ。それってお互いのためにならなくない? 別にお父さんたちと、完全に縁を切りたいとかじゃないから。いつかは分かってくれるかもって、まだちょっと思ってるしね」
そう笑いながら話す三原さんは、いつかの彼女と重なって見えた。
「だから、何ていうの? とりあえずは私たちが悪者になってやる、みたいな? 私たちだって、これから言い訳しながら生きていくなんて嫌だしね」
そう語る三原さんの横で、福山さんも深く頷いている。
二人のこの様子だ。
自分たちの選択が周囲の人間にどれだけの影響を及ぼすかも、恐らく理解している。
それすらも受け入れた上で、腹を括ったのだろう。
それにしても、まさか自分の身近なところでそのような修羅場が繰り広げられているとは思いもしなかった。
無闇やたらにそういった話をしないのは、三原さんらしいと言えばらしいのかもしれないが……。
「なるほど。だから結婚式を挙げられない、と……」
三原さんはコクリと頷いた。
「ホントは、ね。皆に祝福して欲しかった。彼との結婚が疚しいものみたいになっちゃうのって、やっぱり嫌じゃん?」
三原さんの話に、俺は何も言えなかった。
だが、おかげで俺の結婚という誘い水を用意してでも二人を呼んだ理由が分かった。
すると三島がまたワザとらしく咳払いをし、会話に割って入ってくる。
「そこでだ! 何で二人を呼んだか。勘の良い羽島くんなら分かったかな?」
「流石に分かるわ……。要するに余計なお世話をしてやんだろ?」
三島は黙って頷く。
俺の言葉の意味するものを悟った三原さんは、慌てふためく。
「えっ!? ちょっと待って!? ダメだよ、そんなのっ!」
「お気になさらずに。今日については、父と浜松さんのお父さんとの共同出資なので」
三島の言葉に、思わず身体がピクリと反応してしまった。
それを見逃すヤツではなく、更に畳み掛けてくる。
「特に浜松さんのお父さんの意向が強くてね。他ならぬ羽島くんたちのため、だそうだ」
「あぁ。そうかい……。そりゃ良うござんした」
俺がそう言うと、三島は何も言わず得意げに笑う。
「さぁ! そういうワケで、今この瞬間から主役はあなたたち二人です! 簡素ですが、レンタルのドレスも用意してあります」
「でも……。こんな立派なホテルで、なんて……。それにキミは何も関係ないし……」
三原さんが躊躇するのも当然だ。
浜松の父親はともかく、三島は今日初めて会った見ず知らずの他人だ。
すると、終始黙り込んでいた福山さんが口を開く。
「羽島っ! その……、ありがとな」
「いや、話聞いてました? 俺は出資どころか、企画にも関わってませんよ」
「そうじゃなくてだな! 今日のこと、全部羽島が発端なんだろ?」
発端、か。
確かにそう言われれば、そうかもしれない。
俺が豊橋さんや三島と、出会わなければそもそもこういった事態には陥っていない。
「まぁ……、そういう言い方も出来なくもない、すね」
「だよな!? それで話から察するに、今日の件で羽島はこの三島さん? に大きな借りを作ったみたいだな」
「まぁ確かに、そうっすね……」
俺が横目で三島を見ると、計算通りとばかりに不敵な笑みを浮かべて見せる。
「俺たちと三島さんは確かに関係ない。だが、羽島とは関係がある。それなら、羽島が借りを作った一端は俺たちにもあるってことだよな?」
「あの……、それって……」
「だ、だから一旦羽島に返す。出世払いだ! いいか!? 出世払いだからな! だからあんまり調子乗るなよ!」
「何でそんな回りくどいことするんすか……。俺は俺で何か考えるんで、別に気にしなくていいんじゃないっすかね? しかも出世払いって……。ソレ、何年かかるんすか?」
「こういうのは気持ちが重要なんだよ! 何年かかっても、だ!」
「……まぁ返したいのでしたら、お好きにどうぞ。期限は……、そうだな。地球が滅びるまで、くらいにしときます?」
「早速調子ノリやがって! 少なくとも、年金もらうまでには返すに決まってんだろ!」
「大口叩いた割に、保険掛け過ぎじゃないっすかね……」
こうして必死にまくし立てる福山さんを見ていると、自然と口角が上がってしまう。
思えば、昔からこういう人だった。
普段は卑屈でダウナーな癖に、随所では一端に虚勢を張ろうとする。
三原さんは、こういうところに惹かれたのかもしれない。
「よっしゃー! そうと決まれば三原さん! コッチでお色直しといきましょー!」
「えっ!? えぇ……」
「おい米原っ! 覗くんじゃねぇぞ!」
「だから俺なんだと思われてんのっ!?」
会場が笑いに包まれる中、三原さんは着替えに向かった。
「わぁーっ!! メッチャ綺麗っ!!」
品川さんの驚嘆の声を合図に、一同螺旋階段の先を見上げる。
どうやら、お色直しが終わったようだ。
純白のウェディングドレスを身に纏った彼女は、天井から降り注ぐシャンデリアの光とシナジーを起こし、その眩さに一層拍車をかけている。
そんな彼女を見て、福山さんは分かりやすくたじろぐ。
福山さんは皆に促され、そのまま祭壇の前へ向かった。
ここからは台本も何もない。
このままアドリブで、進んでいくのだろう。
三原さんは、慣れない足取りでゆっくりと一段一段、螺旋階段を降りていく。
俺の前を通る時に見た、はにかんだ笑みはきっとこの先も忘れることはないのだろう。
ハッと何かを察した米原は、祭壇の前へ行き、神父やら牧師やらの真似事を始めた。
二人の晴れ舞台を台無しにしかねないガサツさに顔を覆いたくなるが、楽しそうに笑っている二人を見ると、そんなことは些細なものなのだろうと胸を撫で下ろす。
多少のグダグダ感はありつつも、挙式でのお約束を一通り済ませ、披露宴代わりの立食パーティーが始まった。
何でも豊橋さんの兄が直々に料理を振る舞ってくれるらしく、一流ホテルの一流シェフの味を堪能できるようだ。
俺としても、嫌味の一つでも言ってやろうと小姑のような心構えで料理を口に運んだが、悔しいかな。普通にウマい。
役者として腐らせておくのはもったいないと、失礼ながら思ってしまった。
「やぁ。楽しんでるかい?」
そんな物思いに耽りながら一人で酒を呷る俺に、三島と尾道、豊橋さんの兄が近付いてきた。
「……良くやるな。お前も。豊橋さんも」
「全部、光璃ちゃんのアイディアだよ。まぁ冷静に考えて、キミの罰ゲームのためだけに京都に来るなんて、間抜けだしね。それに……」
三島はひと呼吸を置き、続ける。
「光璃ちゃんがずっと言ってたんだ。『羽島さんがご所望なのは、人が幸せになれる優しい嘘だ』ってね。そうだよね? 尾道さん」
三島に聞かれた尾道は、何も言わずに微笑む。
「羽島くん。彼女、合格かな?」
「……どうだろうな。甘くもねぇし、そもそもデート商法ですらねぇからな。まぁ、どの道お前には言わねぇよ」
「そっか」
俺が応えると、三島はニコリと満足そうに笑う。
三島にそう応えながらも、俺の足は自然とチャペルの出口に向かっていた。
「あのっ! 羽島さん!」
その時、豊橋さんの兄から呼び止められる。
「あの……、改めてありがとうございます! きっと、あなたがいなければあの娘はどこかで壊れていたでしょう!」
「……アンタさっきからワザとやってんのか? それ」
「へ……。あの、それ、というのは……」
彼は露骨に顔色を変える。
これで役者志望とは片腹痛い。
「三島からどれだけ俺のこと聞いてるのか知らんけどな。俺は人一倍被害妄想が激しいんだよ。だから、なんかそう……、下手下手に来られると何か裏があるって疑っちまうんだよ。別に俺は豊橋さんを救った、なんて身の程知らずな自意識なんざ持っちゃいない。だから、俺とアンタの間には上下関係も主従関係もねぇし、オマケに年齢も同じときたもんだ。だから……」
「相変わらず、遠回しで捻くれてるね」
俺が言葉に詰まると、尾道は真顔で指摘してくる。
「うるせぇ。これが俺のイイところだろうが……」
俺がそうボヤくと、尾道は再び嬉しそうに笑う。
尾道が心なしか、普段より楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
彼女の指摘通り、意図せず遠回しな表現になってしまったが、ハッとした彼の様子を見る限り、趣旨は察してくれたようだ。
「じ、じゃあこれからも妹共々よろしく! 羽島くん!」
豊橋さんの兄・剣人は、やっとその笑顔を見せてくれた。
ここへ来て、ようやく対等の関係になれた気がする。
どこか生きづらさを感じさせる、この真っ直ぐさというか不器用さは、やはり豊橋さんと兄妹だと認識させられる。
そしてそれは、俺とて彼らのことを言えたものではないのかもしれない。
「……こっちこそよろしくな、兄貴」
俺は自他ともに認める陰キャである。
当然のことながら、こういった人間味のあるやりとりに慣れていない。
だから咄嗟に言葉が思い浮かばず、ワケの分からない一言を口走ってしまった気がする。
俺は逃げるようにチャペルを後にした。
チャペルの入り口の方向から、コックコートを着た一人の男性が姿を現した。
いや、あれは……。
「先程は失礼しました! 羽島望さん!」
男性は俺に近づくなり、深々と頭を下げ、開口一番謝ってきた。
このこちらが恐縮するほどの腰の低さ。
やはり先程の警察官で間違いないようだ。
しかし分からないのは、この男の正体だ。
「えっと……、あなたは?」
「申し遅れました。僕は豊橋 剣人と申します」
「豊橋って……」
俺は思わず、三島の方へ顔を向けてしまう。
三島はそれに応えるように、ニコリと不快な笑みを浮かべるだけだった。
「はい。妹がいつもお世話になってます」
「……あー。そういうことか。まさか兄貴まで投入してくるとはな」
「普段はこのホテルのキッチンで、アルバイトをしています。さっきは警察官なんて嘘を吐いて申し訳ありませんでした」
俺が聞くよりも先に、彼はそう言って再び頭を下げて来る。
「彼ね。この近くの劇団にも所属していてね。さっきの警察の制服も、実は衣装だったんだよ。今日は出勤前にちょっとだけ協力してもらったんだ」
三島は、やや言葉足らずの豊橋さんの兄をフォローするように言う。
「……なるほどね。ナチュラル過ぎるくらい地域密着型の良いお巡りさんだったよ。つーか本人まんまじゃねーか、チクショウ」
「あ、あのっ! 羽島さん! 今日はあなたに改めてお礼が言いたくて……」
「はぁ? 礼を言うのはコッチの方だろ? ありがとな。出勤前にワケの分からん遊びに付き合ってもらって」
「い、いえ! それは別にいいんです。あの……、妹を、光璃を救っていただきありがとうございます!」
「い、いや、救うって……」
「知ってはいたんです。あの娘が詐欺に遭ったことも、あんまり良くない会社に入ったことも」
「……まぁ、それについては多少言いたいことはあるけどな」
「はい、すみません……」
彼はそう言うと、バツが悪そうに俯く。
元より気になってはいた。
彼女が仕事やローンに苦しむ中、家族は何をしていたのか。
確かにロクに調べずに突き進んだ彼女にも非はあるだろう。
しかしそれは、人の善意を信じて疑わないという、彼女の長所とも短所とも取れる性質が生み出した偶然の産物とも言える。
それを自業自得の一言で片付けてしまうのは、あまりに酷だ。
無論、金が絡んでいるので、一概に協力できるかと言えばそうとも言えないだろう。
だが、やり方などいくらでもある。
身内であるなら、彼女が一番辛い時期にこそ支えてやるべき、だとは思っていた。
とは言え、外野の俺が頭ごなしに咎めることなどできまい。
「……つっても、俺だって実際のところ何もしていない。むしろ、ワケの分からん私情を押し付けて、アンタの大切な妹をその良くない会社とやらに縛り付けてんだ。アンタには恨まれても仕方ねぇとすら思ってるよ」
「恨む、だなんてそんな……。あの娘、昔からヘンなところで意地っ張りというか、強がるところがありましてね」
「まぁ、分かる気はするが……」
「ホントなら、僕が真っ先に相談に乗ってやるべきだった。ウチはそんなに裕福な家庭じゃないので、恐らく両親にも話していないだろうし。でも、あの娘。詳しい事情を聞いても頑なに話さなかったんです。恐らく、僕がこうして役者の夢を追ってるから、負担をかけたくなかったんでしょう」
「そりゃ……、なんとなく想像つくな」
「だから、三島くんから羽島さんの話を聞いた時は驚きましたよ。まさか、光璃があなたとそんなことになっていたなんて」
「人聞き悪い言い方しないでね……」
「でも、ホントに安心しました。今あの娘に必要なのは、素を出せる場所だと思いますから」
彼女の素、か。
やはり少なからず、彼女は気を許してくれていたのだろう。
彼女が俺にしたこの仕打ちこそ、その何よりの証拠だ。
「あんましそう明け透けにしてやるなよ。豊橋さん、悶えるぞ。んで……、肝心な豊橋さんの姿が見えないんだが」
俺がそう問いかけると、米原と三島は互いに顔を見合わせる。
そして、次の瞬間には米原が耳を劈くような大声で爆笑する。
「ぶはははははっ!! やっぱり分かってねぇじゃねぇか!! 何だかんだコイツは騙されやすいんだっつーの! 三島ぁ! 次の飲みはお前持ちな!」
「そうだね。羽島くんの顔を見る限り、本当に分かってなさそうだね。ちょっとガッカリかな」
などと米原と三島は、俺を置き去りに好き勝手宣う。
「おい……。どういうことだよ?」
「お前、ホントにピンと来てないのかぁ? あーあ。これじゃ豊橋さんが可哀想だな!」
「あのな……」
「羽島くん。彼女はココにはいないよ」
「は?」
三島からの思わぬ言葉に、思考が追いつかない。
「えっと……、つまりはどういうことだよ」
「だーかーら! 豊橋さんはココにいねぇんだよ!」
「それは分かったつーのっ! そんならどこにいるんだって話だ!」
俺がそう聞くと、三島が得意げな笑みを浮かべる。
「よし! じゃあ彼女の嘘にまんまと騙された哀れな羽島くんのために、一つヒントをあげよう」
三島はやたらと恩着せがましく、俺に言う。
ご丁寧に枕詞の煽りも忘れずに。
そして、白々しくコホンと咳払いをして見せる。
「かの映画界の巨匠、浜松朔良は言った。『恋愛映画には物語の全てが詰まっている』と」
「……いきなりナンだよ?」
三島は俺に構わず、そのまま続ける。
「そして彼女の処女作であり、引退作となるはずだった作品については、取り分けラストシーンへの強いこだわりがあった。具体的には何か。それはシーンの舞台となる場所」
「あ……」
ここまで聞いてやっと腑に落ちた。
そんな俺を見て、三島は満足そうな笑みを浮かべながら続ける。
「そう! それは『始まりと終わりのある場所』だ!」
なるほど……。
コレは中々に底意地が悪い。
今までの彼女では考えられないことだ。
「光璃ちゃんから伝言を預かってるんだ。『もし、合格なら罰ゲームが終わった後、ラストシーンの場所に来て下さい』とのことだ」
「……大掛かりにも程があんだろ。何が結婚式だよ。突拍子なさすぎだろ」
「結婚式は嘘じゃねぇよ」
「……は?」
米原から、寝耳に水の言葉が飛び出した。
またしても呆気にとられる俺を見て、米原はわざとらしく大きく溜息を吐く。
「あのな。流石にお前への茶番のためだけに、こんだけメンツ集めたりしねぇよ」
「は? 待て! つーことは……」
「うん、そうだよ。今日はそこの二人の結婚式だよ」
三島はそう言うと、福山さんと三原さんに向き直る。
「福山さんと三原さん。勝手ながら、父の伝手で事情を聞かせていただきました。あの……、何と申し上げればいいか分かりませんが、心中お察しします」
「っ!?」
「…………」
三島の言葉に三原さんは、言葉を詰まらせる。
福山さんはどこか居心地悪そうに視線を逸らす。
「三島……。どういうことだよ」
俺の問いに、三島は黙って二人の方へ視線を向ける。
「えっと……、三島くん? だっけ? 大丈夫だよ。私たちから話すから」
三原さんは覚悟を決めるようにフゥと息を吐く。
「あのね。実は私たち、駆け落ちなの。今時、珍しいでしょ?」
三原さんはやっとの想いで絞り出したであろう言葉は、俺を戸惑わせるには十分だった。
飄々と応えているものの、その実作り笑いであることは誰の目に見ても明らかである。
そこから彼女は、事の経緯を話し始めた。
どうやら彼女の家系は、創業以来家族経営を貫く、地元ではそれなりに名の通った中堅企業らしい。
所謂良いところの娘ということもあり、彼女には様々な期待を寄せられていた。その最たるものが、結婚相手だった。
20代も後半を過ぎ、所謂適齢期を迎えたある日、彼女のもとに競合他社の子息との見合いの話が転がり込む。
まぁ俗な言い方をすれば、政略結婚の駒として使われる予定だったのだろう。
その頃には既に福山さんと交際しており、当然彼女は反発する。
だが両親も譲らず、話は平行線に。
家をとるか、彼をとるか。
彼女が選んだのは、彼だった。
「だからね。今の仕事も辞めなきゃいけないんだ。今の職場は親も知ってるし、まだまだこれからごたつきそうだしね。流石に職場に迷惑はかけられないじゃん? 優輝くんには悪いんだけどさ……」
「……まぁ言うて、就活には慣れてるからな。心配すんな」
二人は気丈に振る舞っているが、内心気が気ではないはずだ。
正直な話、意外と思ってしまった。
無論、二人の仲を疑うつもりはない。
とは言え、大学生時代の彼女を思い出す限り、あまり情緒的に動くタイプではなかった気がする。
ともすれば、一昔前の三流ドラマのお約束のような二者択一に対して、一時の情に流されるような人とは思えなかった。
それは福山さんにしても同じだ。
「あの……、こんなこと聞いていいのか分からないんすけど……。リスクとかは考えないんですか?」
余計なお世話とは分かりつつも、つい口を滑らせてしまった。
知りたかった。
周囲の関係を捨てでも、結ばれる道を選んだ理由を。
それは単に愛情や反抗心だけではない、何かがあるような気がした。
「リスク、か……。確かにそうかもね。仕事にしても、今よりいいところに就職できる保証もないし、実家と縁が切れたら経済的にも心許ないしね」
「じゃあ、何で……」
「いつだったかね……。浜松さんが言ってたんだ。『他人に嘘は吐いても、自分に嘘は吐くな』って」
それを聞いて、俺は思わず胸をざわつかせてしまう。
「あの娘、ホントに無茶苦茶だよね! でも、なんか今になってみれば分かるっていうか、しっくりくるっていうか……」
俺は彼女から、その言葉を直接聞いたわけではない。
だがそれは、紛れもなく浜松朔良の生き様そのものだ。
だから、自然と腑に落ちてしまう。
「会社同士の付き合いもあるし、お父さんたちの言いたいことも分かるんだ。でももし、私がヘンにここで妥協したら、後々恨みたくない人まで恨んじゃいそうになると思うんだ。それってお互いのためにならなくない? 別にお父さんたちと、完全に縁を切りたいとかじゃないから。いつかは分かってくれるかもって、まだちょっと思ってるしね」
そう笑いながら話す三原さんは、いつかの彼女と重なって見えた。
「だから、何ていうの? とりあえずは私たちが悪者になってやる、みたいな? 私たちだって、これから言い訳しながら生きていくなんて嫌だしね」
そう語る三原さんの横で、福山さんも深く頷いている。
二人のこの様子だ。
自分たちの選択が周囲の人間にどれだけの影響を及ぼすかも、恐らく理解している。
それすらも受け入れた上で、腹を括ったのだろう。
それにしても、まさか自分の身近なところでそのような修羅場が繰り広げられているとは思いもしなかった。
無闇やたらにそういった話をしないのは、三原さんらしいと言えばらしいのかもしれないが……。
「なるほど。だから結婚式を挙げられない、と……」
三原さんはコクリと頷いた。
「ホントは、ね。皆に祝福して欲しかった。彼との結婚が疚しいものみたいになっちゃうのって、やっぱり嫌じゃん?」
三原さんの話に、俺は何も言えなかった。
だが、おかげで俺の結婚という誘い水を用意してでも二人を呼んだ理由が分かった。
すると三島がまたワザとらしく咳払いをし、会話に割って入ってくる。
「そこでだ! 何で二人を呼んだか。勘の良い羽島くんなら分かったかな?」
「流石に分かるわ……。要するに余計なお世話をしてやんだろ?」
三島は黙って頷く。
俺の言葉の意味するものを悟った三原さんは、慌てふためく。
「えっ!? ちょっと待って!? ダメだよ、そんなのっ!」
「お気になさらずに。今日については、父と浜松さんのお父さんとの共同出資なので」
三島の言葉に、思わず身体がピクリと反応してしまった。
それを見逃すヤツではなく、更に畳み掛けてくる。
「特に浜松さんのお父さんの意向が強くてね。他ならぬ羽島くんたちのため、だそうだ」
「あぁ。そうかい……。そりゃ良うござんした」
俺がそう言うと、三島は何も言わず得意げに笑う。
「さぁ! そういうワケで、今この瞬間から主役はあなたたち二人です! 簡素ですが、レンタルのドレスも用意してあります」
「でも……。こんな立派なホテルで、なんて……。それにキミは何も関係ないし……」
三原さんが躊躇するのも当然だ。
浜松の父親はともかく、三島は今日初めて会った見ず知らずの他人だ。
すると、終始黙り込んでいた福山さんが口を開く。
「羽島っ! その……、ありがとな」
「いや、話聞いてました? 俺は出資どころか、企画にも関わってませんよ」
「そうじゃなくてだな! 今日のこと、全部羽島が発端なんだろ?」
発端、か。
確かにそう言われれば、そうかもしれない。
俺が豊橋さんや三島と、出会わなければそもそもこういった事態には陥っていない。
「まぁ……、そういう言い方も出来なくもない、すね」
「だよな!? それで話から察するに、今日の件で羽島はこの三島さん? に大きな借りを作ったみたいだな」
「まぁ確かに、そうっすね……」
俺が横目で三島を見ると、計算通りとばかりに不敵な笑みを浮かべて見せる。
「俺たちと三島さんは確かに関係ない。だが、羽島とは関係がある。それなら、羽島が借りを作った一端は俺たちにもあるってことだよな?」
「あの……、それって……」
「だ、だから一旦羽島に返す。出世払いだ! いいか!? 出世払いだからな! だからあんまり調子乗るなよ!」
「何でそんな回りくどいことするんすか……。俺は俺で何か考えるんで、別に気にしなくていいんじゃないっすかね? しかも出世払いって……。ソレ、何年かかるんすか?」
「こういうのは気持ちが重要なんだよ! 何年かかっても、だ!」
「……まぁ返したいのでしたら、お好きにどうぞ。期限は……、そうだな。地球が滅びるまで、くらいにしときます?」
「早速調子ノリやがって! 少なくとも、年金もらうまでには返すに決まってんだろ!」
「大口叩いた割に、保険掛け過ぎじゃないっすかね……」
こうして必死にまくし立てる福山さんを見ていると、自然と口角が上がってしまう。
思えば、昔からこういう人だった。
普段は卑屈でダウナーな癖に、随所では一端に虚勢を張ろうとする。
三原さんは、こういうところに惹かれたのかもしれない。
「よっしゃー! そうと決まれば三原さん! コッチでお色直しといきましょー!」
「えっ!? えぇ……」
「おい米原っ! 覗くんじゃねぇぞ!」
「だから俺なんだと思われてんのっ!?」
会場が笑いに包まれる中、三原さんは着替えに向かった。
「わぁーっ!! メッチャ綺麗っ!!」
品川さんの驚嘆の声を合図に、一同螺旋階段の先を見上げる。
どうやら、お色直しが終わったようだ。
純白のウェディングドレスを身に纏った彼女は、天井から降り注ぐシャンデリアの光とシナジーを起こし、その眩さに一層拍車をかけている。
そんな彼女を見て、福山さんは分かりやすくたじろぐ。
福山さんは皆に促され、そのまま祭壇の前へ向かった。
ここからは台本も何もない。
このままアドリブで、進んでいくのだろう。
三原さんは、慣れない足取りでゆっくりと一段一段、螺旋階段を降りていく。
俺の前を通る時に見た、はにかんだ笑みはきっとこの先も忘れることはないのだろう。
ハッと何かを察した米原は、祭壇の前へ行き、神父やら牧師やらの真似事を始めた。
二人の晴れ舞台を台無しにしかねないガサツさに顔を覆いたくなるが、楽しそうに笑っている二人を見ると、そんなことは些細なものなのだろうと胸を撫で下ろす。
多少のグダグダ感はありつつも、挙式でのお約束を一通り済ませ、披露宴代わりの立食パーティーが始まった。
何でも豊橋さんの兄が直々に料理を振る舞ってくれるらしく、一流ホテルの一流シェフの味を堪能できるようだ。
俺としても、嫌味の一つでも言ってやろうと小姑のような心構えで料理を口に運んだが、悔しいかな。普通にウマい。
役者として腐らせておくのはもったいないと、失礼ながら思ってしまった。
「やぁ。楽しんでるかい?」
そんな物思いに耽りながら一人で酒を呷る俺に、三島と尾道、豊橋さんの兄が近付いてきた。
「……良くやるな。お前も。豊橋さんも」
「全部、光璃ちゃんのアイディアだよ。まぁ冷静に考えて、キミの罰ゲームのためだけに京都に来るなんて、間抜けだしね。それに……」
三島はひと呼吸を置き、続ける。
「光璃ちゃんがずっと言ってたんだ。『羽島さんがご所望なのは、人が幸せになれる優しい嘘だ』ってね。そうだよね? 尾道さん」
三島に聞かれた尾道は、何も言わずに微笑む。
「羽島くん。彼女、合格かな?」
「……どうだろうな。甘くもねぇし、そもそもデート商法ですらねぇからな。まぁ、どの道お前には言わねぇよ」
「そっか」
俺が応えると、三島はニコリと満足そうに笑う。
三島にそう応えながらも、俺の足は自然とチャペルの出口に向かっていた。
「あのっ! 羽島さん!」
その時、豊橋さんの兄から呼び止められる。
「あの……、改めてありがとうございます! きっと、あなたがいなければあの娘はどこかで壊れていたでしょう!」
「……アンタさっきからワザとやってんのか? それ」
「へ……。あの、それ、というのは……」
彼は露骨に顔色を変える。
これで役者志望とは片腹痛い。
「三島からどれだけ俺のこと聞いてるのか知らんけどな。俺は人一倍被害妄想が激しいんだよ。だから、なんかそう……、下手下手に来られると何か裏があるって疑っちまうんだよ。別に俺は豊橋さんを救った、なんて身の程知らずな自意識なんざ持っちゃいない。だから、俺とアンタの間には上下関係も主従関係もねぇし、オマケに年齢も同じときたもんだ。だから……」
「相変わらず、遠回しで捻くれてるね」
俺が言葉に詰まると、尾道は真顔で指摘してくる。
「うるせぇ。これが俺のイイところだろうが……」
俺がそうボヤくと、尾道は再び嬉しそうに笑う。
尾道が心なしか、普段より楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
彼女の指摘通り、意図せず遠回しな表現になってしまったが、ハッとした彼の様子を見る限り、趣旨は察してくれたようだ。
「じ、じゃあこれからも妹共々よろしく! 羽島くん!」
豊橋さんの兄・剣人は、やっとその笑顔を見せてくれた。
ここへ来て、ようやく対等の関係になれた気がする。
どこか生きづらさを感じさせる、この真っ直ぐさというか不器用さは、やはり豊橋さんと兄妹だと認識させられる。
そしてそれは、俺とて彼らのことを言えたものではないのかもしれない。
「……こっちこそよろしくな、兄貴」
俺は自他ともに認める陰キャである。
当然のことながら、こういった人間味のあるやりとりに慣れていない。
だから咄嗟に言葉が思い浮かばず、ワケの分からない一言を口走ってしまった気がする。
俺は逃げるようにチャペルを後にした。