好きだと伝えた時の彼女の表情を見損ねた。
いや、見なくてよかった。見ていたらきっと呑まれていた。
告白の三日後に自分の汚い部屋に彼女を呼び、返事を催促した。
「あのね、好きな人がいる」
聞いてない、知らない、僕は君のことを何も知らなかった。4年片思いしてることも、その彼が死んでしまっていることも、何も知らなかった。
怖かった。人のプライベートに踏み込んでしまった。後悔で冷や汗が止まらなかった。
目の前が真っ白になって、彼女が震える声で語っている死んじまった彼についての内容がなにも頭に入ってこない。
そんなの、勝てっこないじゃないか。勝ち逃げはずるいじゃないか。なんて子供じみた感想しか出てこなくて自分が心底嫌になった。
ふと彼女の語り口が止まった。そして下を向いたまま消え入りそうな声で言った。
「だきしめて」
手が震える。どうしてそんなことを頼むんだ。
君はほかの男が好きなんだろう。僕じゃダメなんだろう。所詮誰でもいいのか?
なんて考えはすぐに消えた。君が泣いていたから。
手を伸ばした。僕の冷たい手でびっくりさせやしないだろうか。そっと手を回した腰は病的な程に細くて、怖くなった。首が白くて綺麗でクラクラした。このまま殺してしまいたくなった。嗅いだことの無い匂いがする。愛おしくて目眩がする。どうして僕じゃ駄目なんだろう。思考が纏まらない。このまま、いっそ、いっそ。
「好きにしていいよ」
そう言った彼女は見たことない顔をしてて、ゾッとした。君はそんな顔もできるのか。
そっと細い首に手をかけた。彼女は抵抗しなかった。少し力をかけると、彼女は眉を顰めた。可愛い、可愛い、こんな顔を見たのは僕だけだろう。
その片思いしていた彼とやらも見ていないだろうよ。優越感に溺れた。
片手で喉を絞めながら乱暴に服を脱がす。自分でも何をしているのか分からなかった。いや、分かっていた。分からないふりをしていた。君は困ったように眉を下げて笑っていた。
控えめな胸をそっと撫でると、身を捩って息を漏らした。その瞬間、腕が動かなくなってしまった。僕は何をした?
彼女は一糸纏わぬ姿で、動かない僕を訝しげに見ていた。その視線には嫌悪も好意もなにもなくて、苦しくなる。
「ごめん」
絞り出した一言は、この世で1番最低な謝罪だった。
「どうして辞めるの?」
なんの含みもない純粋な声色で聞かれた。なんで、と言われても答えられなかった。僕が最低だからという答えしか出てこなかった。
彼女の明るい髪と白い肌が目に毒だった。今すぐここから逃げ出したい。逃げて、死んでしまいたい。そんなことできるはずもなく、僕は俯いたまま何も言えなかった。
「貴方なら私のこと埋めてくれると思ったのに」
埋めるってなんだよ。ほかの男の代わりってことじゃないか。そんなの御免だ。涙が溢れそうになるのを堪えるのに必死だった。なんて女々しいんだろうか。そう思ったら急にバカバカしくなって、キスをした。
「何してもいいの?」
「いいよ」
「殺しても?」
「いいよ」
いやに落ち着いた態度に苛立って、グチャグチャにしてやりたくなった。
深くキスをして、細い指に自分の指を搦めて、君の目を見て言った。

「一生幸せにならないで」