──その後、綾音に案内されて職員室に行き、自分の教室までやって来た。緊張していた自己紹介も無事に終わり、ホッとしていた千明。


 そんな彼女に、近くに触っていた女子3人組が話しかけてきた。


 「ねぇねぇ、噂で聞いたんだけどさぁ、橘さんのご主人様って、あの理人様なの⁉︎」


 「『あの理人様』が誰のことだかよく分からないんですが……」


 千明が恐る恐る答えると、女子達が話しだす。


 「いやだ〜、『あの理人様』って言ったら1人しか居ないじゃない。佐田理人様よ! お父様は優秀な方で、お金持ちだし、理人様本人は格好よくて、天才。しかも、それにおごることなく、皆に優しいのよ。まさしく王子様よね〜」

 「そんな素敵な方と同じ学園に通っているってだけで幸せを感じるわ」


 呆れ顔で話を聞く千明に、女子達が問い詰める。


 「それで、噂は本当なの?」


 千明が答えにくそうな表情で、女子達から目を逸らして話す。


 「えっ……、そうですね。確か、そんな感じの名前でした」

 
 「やっぱり! もう彼に会った?」

 「羨ましい〜! どうして奴隷になれたの?」

 「ずる〜い。理人様からは、どんなこと頼まれたりするの?」


 皆、一斉に質問し始め、千明は目が周りそうになる。そのうえ、女子3人組が大声で話すもんだから、他の女子も寄ってきて、あっという間に千明は囲まれてしまう。


 「あっ、あの! まだ初日だし、さっき会ったばかりなので、まだ何も分からないんです。すみません……」


 立ち上がり、叫ぶように大きな声で話す千明。それには女子も驚いた様子。一瞬静かになるが、すぐにお喋りが始まり、騒がしくなる。


 その時──、千明のスマホが鳴った。見てみると、それは理人からのメールだった。そのことを知った女子達が、また大騒ぎ。早くメールを読むよう催促の嵐であった。千明がメールの内容を見ると、そこには──、


 「茶」の文字だけであった。


 「『茶』って何なの⁉︎」


 思わず千明は叫んだ。そして、女子達も謎に満ちたメールに頭を悩ませた。


 「理人様は何が言いたかったんだろう?」

 「打ち間違えなのかな?」

 「あっ、なぞなぞとか⁉︎」

 「もし、なぞなぞだとしたら、何何を意味してるのかなぁ?」

 「もう……、全然分かんない!」


 ただ1人、素の理人を知る千明だけはメールの意味を理解した。


 「すみません、私ちょっと行ってきます!」


 そう言って、教室を飛び出す──。


 「5分以内にミッションこなさないと、罰があるってキツすぎるでしょ! そして、何この校舎! 無駄に広すぎだよ──!」


 千明は叫ばずにはいられなかった。


 ──ガラガラ。理人が待つ教室の扉が勢いよく開き、皆一斉に扉の方を向く。そこには、息を切らす千明の姿があった。


 「しっ……、失礼します!」


 大声でそう言うと、窓側の席で足を組見ながら優雅に座る理人の元へと歩いていく。理人の周りには着飾った沢山の女子達が居た。千明が荒々しい息遣いで近づくと、理人までの道のりを作るかのように女子達が左右に分かれた。


 「お待たせしました」


 千明はそう言ってペットボトルの緑茶を差し出した。


 理人はニッコリ笑って、千明に労いの言葉をかける。


 「ありがとう! そんなに息切らしちゃって……、大変だったよね。ごめんね。もう教室に戻って大丈夫だよ」


 「お茶ぐらい自分で買いに行けや!」と、叫びたい気持ちでいっぱいの千明であったが、グッと堪えた。ムッとした表情で、何も言わずに向きを変え、理人が居る教室を後にした。


 ──自分の教室まで戻る途中、千明の心の中は荒れていた。


 なんなんだあいつ! お茶なんて全然必要としてなさそうだったじゃん! 女子に囲まれてデレデレしちゃって、ムカつくわ〜。


 そんなことを思っていると、背後から視線を感じた。振り返るが、そこには誰も居ない。


 あれ? 気のせいかなぁ⁇


 千明が歩き出すと、またスマホが鳴る。千明は嫌な予感がした。


 ──やっぱり! 理人からのメールだ。


 「来るの遅い。しかも緑茶じゃねぇし。俺が『茶』って言ったら『ほうじ茶』に決まってんだろ。あとペットボトルって……、ふざけてんの? 普通カフェで買ってくるだろ」


 メールを読んだ千明は、


 「知るか、ボケ────!!」


 廊下の端から端まで聞こえるほど、大きな声で叫んだ。そして心の中では、まだ文句が止まらなかった。


 「茶」の一言で「お茶を買って行くんだ!」と、ひらめいた私を褒めて欲しいぐらいだよ。ほうじ茶が好きとか知らないし、カフェで買うのが普通って……。凡人には普通じゃないんだけど。あ〜、もう! こんな生活がずっと続くなんて本当に嫌だわ。


 すると、またしても理人からメールが届く。


 「もう! 今度は何よ⁉︎」


 千明が苛々しながらメールを見ると、


 「うるさい、バカ女」


 その一言だけだった。


 千明は歯を食いしばり、拳を強く握り締めた。そして振り返り、理人が居る教室の方に向かって念を送った。


 お腹よ、痛くなれ〜。トイレから出て来られなくなるぐらい痛くなってしまえ〜。──よし、これでいいだろう。


 念を送って気が済んだ千明は、何食わぬ顔で自分の教室に戻るのだった。