千明が、立ち去る理人を見つめながら呟く。
「なんだあいつ、自分勝手な奴だなぁ」
すると、少し悲しそうな表情の彩音が、理人の背中を見つめながら話す。
「千明ちゃんには、りっくんが自分勝手に見えるかも知れないけど……。本当は、誰よりも周りを気遣って立ち回っているんだよ」
そう話す綾音の顔を、千明がジッと見つめる。そして、綾音も千明の方を向いて話を続ける。
「彼のお父様はね、大手貿易会社を一代で設立、成長させたすごい方なの。りっくんが小さい頃から、彼に対する周りのプレッシャーが凄くてね。会社の恥にならないよう、学園でも模範となるような立ち振る舞いをしてきたの」
千明の目には、涙ぐむ綾音の姿が映る。泣き顔でさえも美しく、つい見惚れてしまう。千明が慌てて鞄からハンカチを探し出す。
「ごめんなさい、大丈夫」
綾音はそう言うと、サッと自分のハンカチを取り出し、目尻に軽く当てながら話を続ける。
「私、悲しくて泣いてるわけじゃないの。りっくんが気の許せる人と、ようやく出逢えたことが嬉しいの。千明ちゃんには本音を言えてる、これってすごいことよ! あんな風に怒ったり、笑ったりする顔なんて、本当に久しぶりに見たもの!」
綾音は興奮したように話す。涙は、いつの間にか止まっていた。
「お金持ちのお坊ちゃんも色々大変なんだ……。あいつは気を許しているというより、私が奴隷で、反抗できないから言いたい放題なんだと思うけどなぁ」
千明が少し照れたように話す。すると綾音から──
「でも千明ちゃん、さっき奴隷なんて感じさせないぐらい、すごく反抗してたよ!」
と笑顔で言われる。
千明は、苦笑したのだった──。