──理事長室の前まで来た2人。


 扉は、なんとも重厚感のある造りだ。


 この先には、一体どんなすごい人が待っているんだろう……? 急に緊張してきた。


 どんどん表情が、かたくなっていく千明を見て、石崎が優しく声をかける。


 「大丈夫ですよ。理事長はとてもお優しい方ですから」


 石崎の言葉に、少しホッとする千明。


 「あっ、ありがとうございます」


 石崎さんは優しい。私の気持ちを察してくれている。よく周りの人を見ているんだなぁ。


 千明は、石崎のきめ細やかな対応に感服した。


 石崎がコンッ、コンッと2回ノックをし、ゆっくりと扉を開ける。


 ──すると、真っ先に明るい陽の光が目に飛び込んできた。


 「うわっ、眩しい──!」


 千明はそう言うと、思わず手で両目を隠した。


 ゆっくり手をどかし、目を凝らすと、そこには床から天井まで続く大きな窓があった。その窓からは、暖かく優しい陽の光が差し込み、校舎や手入れされた中庭が一望できる。


 大きく立派な木製の机、ガッチリとした焦茶色の皮っぽい椅子が、私達に背を向けている。


 あそこに理事長が座って居るんだ……。緊張する。


 緊張を隠しきれない千明の横で、石崎が言った。


 「理事長、橘様をお連れしました」


 ──すると、聞き覚えのある女性の声が、どこからか聞こえてきた。


 「やっと来た! 待ってたわよ〜!」


 どこから声が聞こえてきたのか考えていると、千明の肩を誰かがトントンと軽く叩いた。


 千明が振り返ると、何者かの指が彼女の頬に刺さった。


 そこに立っていたのは──。


 「理事長! そんな子供みたいなイタズラは、おやめください! 橘様が驚かれてるじゃないですか。申し訳ありません、橘様」


 石崎が慌てて謝罪をする。


「だって、久々に姪っ子に会えたんだも〜ん! そりゃあ、小学生の男の子みたいな意地悪したくなるわよ!」


 私の頬に指を刺した犯人は──、母方の伯母であった。


 伯母は昔から綺麗で、実年齢よりも若く見える人だ。


 髪は茶色、ゆるく巻いた長いが優しいフローラルの香りをまとう。白くツヤのある若々しい肌。細身で可愛らしいけど凛とした大人の魅力溢れる女性。それこそが伯母である。


 そういえば母からは、管理関係の仕事をしていると聞いたことがある。


 まさか、ここの理事長だったとは……。


 「やだぁ、千明、久しぶり〜! 大きくなったわね! 最後に会ったのいつだっけ? 元気にしてたぁ〜⁉︎」


 伯母は、驚きのあまり固まる私を抱きしめ、お得意のマシンガントークをするのだった。


 「理事長! 嬉しいのは分かりました。早く、席にお戻りください。なぜ席に座ってお待ちになれないのですか? こういう場合、理事長は椅子に座っておられると、誰しもが思うじゃないですか!」


 少し怒り口調で石崎が言う。


 「そんなの、千明を驚かせたいからに決まってるじゃない! 皆が想像することをやっても、つまらないも〜ん」


 伯母は大満足の様子。陽の光に負けないぐらいの明るい笑顔で、そう言うのだった。


 ドッキリを仕掛けられた人の気持ちが、今ならわかるわぁ。緊張していたのもあって、何だかドッと疲れが……。

 
 疲れを隠しきれない千明に対して、石崎が優しい声で話す。


 「大変、申し訳ありません。理事長は、橘様にお会いできることを、心から楽しみにしておられました。なので、どうか大目に見ていただけますでしょうか?」


 「気にしないでください! 私は、大丈夫ですから」


 理事長室に入って、初めて千明が口を開いた。


 「さすが、私の姪っ子。受け入れが早くて感心!感心!」


 伯母が笑いながらそう言うと、ゆっくり椅子に腰かけ、千明と石崎が立つ方に体を向ける。


 「そういえば、橘様はここの校則をご存じないようですが……」


 石崎が困った表情で伯母に話す。


 「あらっ、そうなの! じゃあ簡単に説明するわね!」


 「ここ白丘学園(しらおかがくえん)は、お金持ちのお坊ちゃんやお嬢ちゃんが多く通う学園よ。その中には、いずれ組織のトップに立つ子達も居るわ。雇う側に必要な知識などを、高校生のうちから学習する目的で建設されたの。分かった?」


 伯母が上目遣いで千明を見つめる。


 「……はい。だから、主人と使用人って話になるんですね」


 石崎が話していた「主人」と「使用人」の意味を、ようやく理解した千明。


 「主人と使用人? あら、やだぁ〜! ずいぶん聞こえがいいわね。ここではね──」


 伯母が千明を見つめてニコニコしながら話を続ける。


 「『ご主人様』と『奴隷』って言うのよ」


 「ごっ……『ご主人様』と『奴隷』──⁉︎ そんなの聞いてない!」


 千明は思わず、大声で叫ぶのだった。