──その頃、千明と暁人は2人が初めて会った準備室に来ていた。暁人は部屋の鍵を閉め、千明に背を向けたまま小声で呟く。
「理人から僕のこと聞いたの?」
千明は、いつもと雰囲気が違う暁人に少し恐怖を覚えた。しかし、それを感じさせないように話した。
「暁人くんが『子供ができなかった伯父夫婦の養子になった』って聞いた。そして、理人を憎んでるってことも……」
暁人が千明に背を向けたまま話しだす。
「養子になった時のことは、小さかったから、よく覚えてない。けど、だんだん大きくなって『僕は必要ない人間。理人1人で十分だった。だから実の両親に捨てられたんだ』って思うようになった。ただ理人が羨ましかった。伯父夫婦は僕を可愛いがってくれた……。でも、それは可哀想な僕に同情しているだけだ、と素直に愛情を受け入れられなかった」
暁人の声が徐々に震え、涙声になる。千明も目を潤ませながら、暁人の背中を見つめて黙って話を聞いている。
「ある時、理人が愛おしそうに1枚の写真を見つめていたよ。その写真には、笑う君の姿が写っていた。君がどんな子かなんて、その時は気にもしなかった。僕はただ復讐として、あいつから大事なものを奪うことしか考えてなかったから。この部屋に閉じ込めるよう指示したのも、理人との主従関係解消の噂をながしたのも、全部僕だ」
鼻をすする音に気がついた暁人が振り返る。そこには、涙を流しながら暁人を見つめる千明が居た。
「幻滅しただろ? 僕は優しくなんかない。人の不幸ばかり願っている最低な奴だ。関係ない君を巻き込んで、ごめんね」
力弱く話す暁人を、千明は──
何も言わずに優しく抱きしめた。
「何で……?」
暁人が驚いて千明に問いかける。
千明は抱きしめたまま言う。
「ずっとそう思って生きてきたのは、辛かったよね。1人ひとり価値や役割があって、必要のない人なんて居ない、と私は思う。暁人くんが居てくれて、私は救われたよ。例えそれが、計画の一部だったとしても、私はあなたが居てくれて良かったと心から思ってる。産まれてきてくれてありがとう、暁人くん」
そう話して、さらに強く暁人を抱きしめた。暁人は泣き崩れた。
後悔の涙を流す暁人の頭を優しく撫でる千明。
しばらくして、暁人が口を開く。
「最初から、君だけは違った。こんな暗い僕にも笑いかけてくれて、受け止めてくれて。嬉しかった。復讐の為に君に近づいたのに、いつの間にか本当に好きになっていた。まだ、君を手放したくない。僕の弱い心を、そばで支えてほしい……」
そう頼まれた千明は、暁人の涙を優しく手で拭いながら答えた。
「大丈夫。そばに居るよ。私が辛い時、暁人くんがそばに居てくれた。だから今度は、私の番だよ」
千明の暖かい太陽のような笑顔で、暁人の傷ついた心が癒されていく。
「ありがとう、千明ちゃん」