──その頃、千明はなんとか女子達から逃げ切っていた。逃げ込んだ先は、今まで入ったこともない教会だった。そこは、千明の息遣いが響いて感じられるほど静かな場所だった。


 千明は膝から崩れ落ちた。


 私、もう理人の奴隷じゃないんだ。きっと昨日、酷いこと言ったからだ。奴隷じゃなくなったら……、あいつとの接点もなくなっちゃう。


 千明の目から大粒の涙が溢れた。声をあげて泣いていると、誰かの足音が聞こえてきた。慌てて涙を拭う千明。振り返るとそこには──


 「……理人?」


 目を擦りながら、千明が問いかける。


 「違います。僕ですよ、暁人です」


 「──暁人くん⁉︎」


 千明は驚きのあまり、声をあげた。


 「シーッ! 見つかっちゃいますよ」


 暁人は、そう言いながら自分の口元で人差し指を1本立てる。そして、座り込む千明の近くまで来て、片膝をついて座る。


 千明が、きょとんとした顔で言う。


 「だって……、あまりにも雰囲気が違うから」


 それを聞いた暁人が、微笑みながら優しい声で話す。


 「僕はただ……、橘さんがアドバイスしてくれたことを、実行してみただけですよ」


 昨日までとは別人のような暁人が、そこには居た。髪を短く切り、目元がよく分かるようになった。表情も明るくなり、理人と系統は違うが、真面目系のイケメンだ。つい見惚れる千明に対して暁人が言う。


 「そんなに見ないでください。橘さんに見つめられたら、僕……、ドキドキしちゃいます」


 はにかむ暁人を見た千明は、性格は変わっていないとホッとし、微笑んだ。


 その微笑みを見て、暁人もまた笑顔になる。


 「橘さん、僕の奴隷になる話……、受けてくれませんか?」


 暁人が千明に手を差し伸べる。千明は少し考えた。


 もう、あいつにとって私は、必要ない存在。暁人くんは、私を必要としてくれるし、大切にしてくれる。暁人くんと居れば、私がずっと求めていた、穏やか生活が手に入るんだ……。


 千明は、そう思った。


 真っ直ぐ暁人を見つめ、手を伸ばす千明。
暁人は、変わらず優しい笑顔で千明を見つめ、伸ばされた千明の手をギュッと握る。そして、2人は手を取り合って歩き出した──。