──その日の夕方、千明が廊下を歩いていると、後ろから誰かに腕を掴まれた。驚いて、勢いよく振り返ると、そこには理人が居た。


 なんだか、いつもより真剣な表情。怒ってる? 何だか、いつもの余裕ある感じじゃない。


 千明がそう思っていると、理人が話しだす。


 「お前、何であいつのこと知ってんだよ⁉︎」


 「『あいつ』って……、暁人くんのこと? 別に、あんたには関係ないでしょ」


 千明は、自分がイジメを受けていることを理人には知られたくなかった。そのことを知ったら理人がどう思うか、不安だった。


 「関係あるから聞いてんだよ。朝、あいつと2人で何話してたんだよ⁉︎」


 理人が更に問い詰める。


 「もう、しつこいなぁ! 私が誰とどんな話しようが自由でしょ。それとも、ご主人様以外の男子と話しちゃいけないルールでもあるんですか? だとしたら、どんだけ束縛するんだよ。私の彼氏でもなんでもないのに、そんなに束縛されても困る」


 理人は千明の腕を掴んだまま、ややうつむいて黙って話を聞いている。そして千明は、今までの鬱憤(うっぷん)をはらすかのように話し続ける。


 「だいたい、あんただって可愛い女子達に囲まれて楽しそうにしてるじゃん! 私だって、男の子の1人や2人と仲良くしたってバチは当たらないと思うけど⁉︎ せっかくの花の17歳が、あんたに振り回されて終わるなんて、絶対御免だからね!」


 理人が千明の腕を放して小さな声で言う。


 「勝手にしろ」


 そう言い残し、理人は立ち去って行った。
 

 千明は切ない気持ちになり、涙が込み上げてきた。


 遂に思っていたこと全部言ってやった。なのに何で……、こんなにも涙が溢れてくるの? 何でこんなに切なくなるのよ? あいつに何と言われたら、私の心は満たされたの? 奴隷なんかじゃない、もっと特別な存在になりたいなんて……、思っちゃダメでしょ。


 そんな千明と理人のやりとりを、誰かがひっそり見ていた。2人は、まだそんなことを知る由もなかった──。