──お昼休み、千明は昼食をとるために、カフェの前までやってきた。
あいつ……、ここのほうじ茶が好きなんだっけ?
理人のことを考えていると、店内から50〜60代ぐらいの、ふくよかな女性店員が出てきてた。
「いらっしゃっいませ〜。あら、見かけない子だね。分かった‼︎ もしかして、理人くんの奴隷ちゃん?」
とても気さくで、話しやすい人だ。
「あっ、はい……。私、橘千明です。でもどうして分かったんですか?」
「やっぱり〜。『理人様が初めて奴隷に選んだ子が、学園に来る!』って、昨日から大騒ぎだったからね」
「そうでしたか……。あの、今まで彼に奴隷が居なかったというのは、本当ですか?」
千明が驚いたように店員に質問する。
「理人くんから聞いてないのかい? 彼、頭だけでなく性格もいいし、そのうえイケメンだろ〜。入学した日から人気者でね。『彼の奴隷になりたい!』って子達が、わんさか居たんだよ。そこで理事長が、何人かめぼしい子達をすすめたけど……、理人くんは全て断ったんだ。──ところが、今回は何故だか承諾してくれてねぇ。それで、千明ちゃんが来たってわけ」
「はぁ……」
千明は、店員の話を半信半疑で聞いていた。そんな千明をよそ目に、店員は話を続ける。
「理人くんはねぇ、いつも海老カツサンドとほうじ茶を頼むんだよ! 千明ちゃんもどうだい?」
「是非お願いします!」
千明は、元気よく笑顔で答えた。
「千明ちゃんの笑顔、とってもいいね! 初めて会ったけど、素直でいい子なんだろうなぁって感じが伝わってくるよ! さすが、理人くんが選ぶだけのことあるわぁ〜」
と言って、店員も笑顔で厨房に入って行った。
千明は照れくさくなった。
そんな風に思ってくれる人も居るんだなぁ。あいつも、私のことそんな風に思ってくれてるのかな? ──それにしても、なんだか居心地いいなぁ。メープルシロップのような甘い香り、時々コーヒーの香りもしてくる。音楽も聴いたことのないクラシックだけど、すごく落ち着く。
千明が周りを見渡すと、様々な観葉植物が飾られており、席も1つ1つ異なるソファになっていることに気がついた。
店内には多くの生徒達がくつろいでいる。誰かと食事をしながら話をしたり、1人で本を読んだりと、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
普段、あいつもここでリラックスしてるんだろうなぁ。──そうだよ、昨日会ったばかりだし、あいつのこと知らなくて当然だよね。今度は一緒に来て、もっと色々話したいな。……今頃あいつ、何してるのかな?
千明は、女子2人組から言われた言葉を思い出していた。理人のことを何も知らないという事実を受け止め、もっと彼のことが知りたいと思うようになった。そして、今ここに理人が居ないことを、寂しく思うのだった。
──さっきの店員が、頼んでいたものを運んできた。
「はい、お待たせ。当店自慢の海老カツサンドとほうじ茶です! ゆっくり召し上がれ〜」
「うわっ、すごい美味しそう! いただきます‼︎」
千明は海老カツサンドを手に取り、大きな口でガブッと頬張った。そして食べた瞬間、目を見開いて店員の方を見た。
「味はどうだい?」
店員はニコニコしながら味の感想を求めた。
「すっごく美味しいです! パンは、ふわもちでほんのり甘く、海老カツは、塩加減ばっちりのプリプリ海老ちゃんが、サックサクの衣に包まれて幸せそう。そして、わさびマヨネーズがいい仕事してますね。わさびの辛さがツーンッと鼻にきて、でも甘めのパンや海老ちゃんと上手いことマッチしています。たまらんです!」
千明が興奮したように感想を述べると、店員は大笑いした。
「アッハハハ〜! 千明ちゃんって面白い子だね! あなたみたいな素直で面白い子が、理人くんのそばに居てくれれば安心だ。今度は理人くんと2人でおいで〜」
店員はそう言うと、他の客の元へ行ってしまった。
ほうじ茶も美味しいなぁ。香ばしさと甘い香りがする。苦味が口の中の油をさっぱり洗い流してくれらような感じで、組み合わせ最高。──あいつ、やっぱり天才だ。
カフェで至福の時を過ごし、理人のことを見直す千明であった。