私、橘千明(たちばなちあき)は、ごく普通の高校2年生。勉強も運動も自慢できるものではないが、友達には恵まれた。この先もずっと、平穏な日々が続くと思っていたのに──。


 あいつと出逢ったことで、私の人生は激変した。



 ──始まりは、ある日、私がリビングで雑誌を読んでいた時のことだ。


 「千明、少し良いかな?」


 父がそう言った。

 
 「何?」


 そう言って、私が雑誌から視線をずらすと、そこには神妙な面持ちの父が居た。そして、私の隣の椅子にゆっくりと腰かけた。


 何か大事な話があると感じた私は、読みかけの雑誌をテーブルに置き、父に体を向けた。


 「どうしたの?」


 「あのさぁ……」


 父が話の途中で黙り込む。よく見ると、目があちこち泳いでいる。


 何が言いたいのか、私には検討もつかなかった。


 ──そして、しばらく沈黙が続いた。


 そこへ母がやって来て、沈黙が続く2人を見て言うのだった。


 「2人とも黙り込んじゃって、どうしたの?」


 不思議そうな表情を見せる母に、私が言った。


 「お父さんが何かいつもと違うの……」


 なかなか話し出せないでいる父を見て、母が代わりに話をする。


 「お父さん、転勤することになったんだって! だから皆で引越しだよって話」


 「えっ、引越し⁉︎」


 私は驚いて思わず立ち上がった。


 「そんなに驚かなくたっていいでしょう。新しい土地はどんな所かしら? 楽しみよねぇ、お父さん」


 母は平然と言う。


「ううん、そうだね。そういう訳だから……。よろしくね、千明」


 父はようやく口を開き、苦笑いしながら私を見上げた。


 「いや、普通驚くでしょ!」


 私の脳内はパニック状態となっていた。


 何を言っているんだこの2人は⁉︎ そんなこと急に言われても、受け入れられないよ。もし私が引越しを拒否したら……、2人を困らせるかな?


 ──私は、平静を取り繕って話し始めた。


 「あのね、今の学校、とっても気に入ってるんだ。友達もいっぱいできたし、皆も私が転校すると『寂しい』って言うと思うんだよね……」


 両親を困らせたくはないが、少し抵抗してみたいと思ったのだ。


 「あら、それなら大丈夫よ! もう学校には転校のこと伝えてあるし、お友達からは色紙も預かってるから」


 ニコニコしながら楽しそうに話す母。


 抵抗しても無駄だと悟った私は、ここでようやく椅子に座り、今後について話し始めた。


 「……それで、いつ引越すの?」


 父が申し訳なさそうに私を見て答える。


 「それが……、明後日にはこの家を出ないといけないんだ」


 すかさず母も、私が読みかけていた雑誌を手に取って言う。

 
 「そうなのよ! だから、雑誌なんて読んでないで、荷物の整理よろしくねぇ〜」


 両親の発言を聞いた私は、心の中で叫ばずにはいられなかった。


 明後日‼︎ ずいぶん急だな……。


 ──しばらく沈黙が続いた後、私は呟いた。


 「……荷物、まとめるわ」


 両親が頷き、ニッコリ笑った。



 ──そして、私たちは長らくお世話になった家を後にし、新しい家へと向かったのだった。



 これからお世話になる家は、閑静な住宅街の一角にある、洋風造りの可愛いらしい戸建住宅だった。

 
 新しい学校はどんな所だろうか? 友達はできるかな? 私のそんな不安など関係なく、日が過ぎていった。



 ──転校初日の朝、私は大きなあくびをしながら、朝食を口に運ぶ。その光景を目の当たりにした母が、やや困ったような表情で言う。


 「あら、そんな大きいあくびして。さては、緊張して昨日眠れなかったんでしょ? しっかり両目を見開かないと、素敵な出逢いを見逃しちゃうわよ〜」


 朝から何を言ってんだか、というような呆れ顔の私をよそ目に、母は続ける。


 「理事長には話してあるから、安心していってらっしゃい!」


 意味ありげな笑みを見せる母に、疑問を持ちつつも、眠気と緊張が入り混じり、私は問い詰める気にもならなかった。


 そしてついに、私は学校に向かって、歩き出した。

 
 これから多くの波乱が、私の身に降りかかるなんて、この時は思いもしなかった──。