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 フリータイムが終わり、私は支払いを済ませてカラオケ屋を出ようとしたら、入り口には東雲くんが立っていた。

「よっ」
「……えっと、どうも」

 なんだろう。私はひとりカラオケをしている弱みを握られるんだろうか。そう思ってビクビクしていたら「あー……」と東雲くんは首の裏を引っ掻いた。

「俺がバイトしてるの、マジで黙ってて欲しいんだわ」
「……別にいいけど……なんで?」
「うち、下にあとふたりいるんだけど。俺がどうにか公立校愛かったからいいけど、他ふたりがやりたいこととか、どうも私立じゃないとできないっぽいから、家にお金入れてるんだわ」
「はあ……」

 私の下手くそな相槌でも、気にすることなく東雲くんは話しかけてくる。
 なんでも、弟ふたりはどちらも運動がよくできるけれど、運動部にはお金がずいぶんかかるらしい。でも冷静に考えれば、専用ユニフォーム代とかすぐに靴がボロくなるから買い替えとか遠征費とか、遠巻きに見ている分にはよくわからずとも、たしかにかかるんだ。でも中学生だったらバイトもできないから、自分の部費はもっぱら親任せになる。
 だから長男である東雲くんは、人気者グループに入って要領よくあちこちのグループから情報を取ってきて内申点を確保しつつ、こっそりバイトをして、弟さんたちの部活用の費用を稼いでいたらしい。

「……弟さん思いなんだねえ、東雲くん」
「ブラコンとか思った?」
「……私は、兄弟姉妹いないからよくわかんないけど、家族が自分の夢を応援してくれるのって、すごいなと、思うよ……」
「ふーん。ところでさ、山下。物は相談なんだけど」
「な、なに?」

 自分語りからいきなり私に話を振って来たのに、私の頬は引きつった。
 やっぱり脅迫されるんだ。学校にばれないようにわざわざ遠くにバイトに来てたのを私に見られたから……。
 人気者グループは、ひとりふたりだったらそこまで悪い人でもないんだけれど、集団になった途端にいきなり暴力的になる。あれはいったいなんなのかわからないけれど、人数がたくさんいて気が大きくなっているんだろう。本当に怖いから、その手の人たちに目を付けられないように生きてたのに。
 私がひとりで被害妄想に明け暮れていたら、東雲くんが口を開いた。

「お前無茶苦茶歌上手いな!」
「…………はい?」
「いやあ……すごいな。カラオケ屋に行ったら気持ちよく歌ってるから口出ししにくいけど、すっごい音外しているのとか、なにを歌っても全部念仏に聞こえるようなのとか聞かされるんだけどさあ……山下の歌、ライブ会場レベルで上手かった」

 私は彼の言葉に、目を瞬かされていた。

「……私、脅迫されてるの? 褒められてるの?」
「えっ、なんで山下を脅迫しないといけないの? いやあ、ああいうのって、動画SNSに流さないの?」

 それに私はますます困惑してしまう。
 最近は歌が上手い子なんかは、動画SNSに投稿して歌を聞いてもらうらしいんだけど、あそこはプロ並に上手い人がたくさんいる。そんな中で歌っても上手いと言われるとは思えなかった。

「べ、別に……」
「でもひとりカラオケだともったいなくない?」
「で、でも……ランキングだと、上位だし……」
「えっ、マジ?」

 カラオケは機械によっては全国規模で採点されて、ランキングが載ったりする。喉を休める時間を確保するつもりもあって、積極的にランキングに登録して、そのランキングが上がっていくのを眺めていた。
 世の中には歌が上手い人がたくさんいるんだなあと思って、それを眺めていたけれど。
 私の言葉に、東雲くんは興奮したように頬を赤く染めた。

「それすっげえじゃん! ますます動画SNSをつくるべきだって! 俺もフォローするし!」
「え」
「もしかしたらそれでコラボできたり、お金もらったりできるかもしれないし」
「待って」
「もし山下がそういうの苦手なんだったら、俺が録音して、それを流してもいいけど。俺が動画SNS管理って形で。それでお金もらうの。どう?」

 どうって言われても。私はいきなり自分が趣味で歌っていた歌がすごいから、動画SNSに投稿すべきたとか、それでお金をもらうべきだと言われても、いまいちピンと来ない。
 そこまでの価値があるとは思っていなかったから。
 でもなあ……。
 山下くんはお金が必要で、私はひとりで歌を歌う時間が必要だった。
 そしてそれはどちらも学校の子たちに知られたくない。

「……私、自分が歌を歌っていること、人に大っぴらにしたくない」
「ああ、そっか。顔出しとか怖いもんな。ごめん」
「……だから、私が歌を歌ってるってことを、黙ってくれてるんだったら、いいよ」
「……マジ?」

 私は頷いた。途端に東雲くんは私の手を取って、ブンブンブンと振り回した。

「ありがと! じゃあ一緒に稼ごうな!」
「……稼げるほどのことは、アカウントつくったくらいじゃありえないんじゃないかな」
「大丈夫だって! 山下の喉はいけるから!」

 なにがそこまで東雲くんが高く買ってくれているのかはさっぱりだけれど、こうして私たちはふたりで合同の動画SNSのアカウントをつくって、ふたりで育てていくこととなったのだ。