「は、ははははい!」
「手当てが済んだなら、真白の代わりにお前が明子嬢を案内してやれ。洋館内と、二階の彼女の部屋までだ。和館には決して近付くなよ」
「か、かしこまりました!」

 忙しそうな女中頭は早々に退出し、高良と真白を部屋に残して、小春は千津と屋敷を歩くことになった。

(私が明子様じゃないって、まさかあれだけでバレていないよね……? 今後はもっと気を付けなきゃ)

 密かに反省する小春に、隣を歩く千津が「あの、奥様」と声をかける。

「先ほどはご無礼を働いたのに、真っ先に心配していただき……その、心からお詫びとお礼を……」
「えっ? あ、ああ、いえ。たいしたことはしていないわ。それより指は痛まない?」
「大丈夫です! 奥様、お優しいんですね」

 手当てをしてもらった指をちょいちょい動かしながら、千津はソバカス顔を綻ばせる。

「華族の方って、もっと近寄り難いかと思っていました。高良様の縁談相手のご令嬢方は、ご挨拶にいらしたくらいでしたが、皆さんツンとされていたので……」
(私は偽者だから)

 多少なりとも気まずくて、小春は曖昧に微笑んでごまかす。
 会話をしながら、千津の案内でふたりはいったん階段を下りた。優美な曲線を描く螺旋階段は、慣れない小春には転げ落ちそうで少し怖い。

「こちらは撞球(ビリヤード)室です。旦那様がご友人の勧めで作られたそうです。高良様はあまりされませんが、お上手らしいですよ。奥様は撞球は嗜まれますか?」
「いいえ、やり方もよく知らないわ。玉突きをするとは聞いたことがあるけれど……とても難しそうね」
「そうなんです! 私はやり方を聞いてもサッパリでした」

 千津と小春は歳も近く、話すうちにどんどん打ち解けていった。

 おまけに千津は数週間前まで、向島の花街にある茶屋で働いていたというのだから、小春の方は素性を明かせずとも、なんとなく通ずるものがあった。
 食堂の前を通ったところで、千津は踏み込んだ質問を投げてくる。