化け狐さん、襲わないでください!

 教室に戻り、普通に授業を受けた。
 休み時間、すずと話していると。
「ねぇ、ホントに里奈って東堂君と水と油だよね。だって、東堂君が里奈に近づこうとしているのにー!」
 呆れ顔で言われてしまった。
「はい?てか、なんでそこで東堂君なの?」
「……逆にこっちが「はい?」って言いたいところ!もしかしてなんだけど──」
 緊張で冷や汗が出る。
「もしかして!里奈と東堂君は付き合ってるとか?」
 ニヤっとすずは口角を上げた。
 緊張した自分が馬鹿だった。
「……どうしたらそうなんの?」
「えー!だって、あの人絶対里奈のこと好きだから」
 なにが証拠なのか。
「で、その証拠は?」
「うーん……やり取り」
「いや、だから、それでなんでそうなんの?」
 たかがやり取りで普通は『付き合っている』なんてならない。
「まあ、里奈もそのうち気づくよ」
 私たちは部活へ行った。私は陸上部。すずは美術部。
「やっぱり、里奈って足速いよね」
 友達がそう言ってくれた。
「ありがとう。でも、皆も速いよ」
 私は自慢じゃないけど、運動神経は他の人と比べれば良い方。
 そのおかげで色々なことを言われてしまったけど。
 私は気にしてはいない。
 部活が終わり、下駄箱に着くと。
「ねぇ、小栗里奈ってウザくない?」
「わかる。上から目線っていうか。陸部エースだからって調子乗ってるんじゃない?」
 そう言っている子達の声が聞こえた。
 私は寮に戻り、勉強を始めた。
 しばらくすると、すずが戻って来た。
「あ、おかえり」
「ただいま」
 すずの様子がいつもと違った。
「どうしたの?」
 すずが少し気まずそうに言った。
「えっと、本人の前で言っていいのかな?」
 寒気がしてきたような気がする。
「なに?」
「なんか、下駄箱の所で里奈のこと悪く言ってた奴がいたから、注意したんだけど……」
 注意してくれたんだ。
「ありがとう。その子たちの話知ってるよ。声が聞こえたの」
「ねぇ、里奈は、そうやって何か自分のことを言ってる子がいたらどうするの?」
 どうするか。
「私だったら気にしないかな?」
 私はいつもそうして来た。
「え?気にしないの?私は気にするけどな」
「うん。だって、気にして前に進めないより、気にしないで前に走った方が良いかなって私は思ってるの」
「里奈はカッコイイね」
 すずの声は小さくて私には聞こえなかった。
 今日から夏休み。
 この学園は寮だから、夏休み中に親などに会いに行く子は多い。
「すずは、どっか行くの?」
「うん。家に行こかなって思ってるけど、里奈は?」
 私は先日、親からメールがあった。
『里奈、お父さんとお母さんは仕事の都合でアメリカに行きます。元気でね』
 だから、家に行っても誰もいない。
「私は家に行っても両親はアメリカに行っちゃったから、どこにも行かないかな」
「え⁉里奈のご両親ってアメリカにいるの?」
「うん。仕事でね」
 すずが何かを考えていた。
「そうだ!」
「ん?」
 どうしたんだろう。
「里奈も私の家に来なよ!」
「え、えー!すずのお家に行くの?」
 本当に予想外中の予想外。
「うん!だって、里奈には転校してきてから、とってもお世話になっているから。お母さんに紹介しておきたいの」
 そして、すずの家に行く日が決まった。
 準備をして、すずの家に行った。


 ついに、来てしまった。
「ただいまー!」
 元気なすずの声。
「お邪魔します」
 すずのお母さんが迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「お姉ちゃん!おかえりー」
 小学生くらいの女の子がいた。
 私はすずの部屋に来た。
「すずって妹ちゃんいたんだね」
「うん。妹は詩乃(しの)っていうの。小五だよ。あと、お兄ちゃんが二人いるんだけど。今は成人して、違うとこに住んでるよ」
 すずの新しい一面を知れた。
「すずー!里奈ちゃん!夕飯よー!」
「はーい!」
 すずのお母さんが作ってくれたご飯はとっても美味しそう。
「いただきます!」
「美味しいです!」
「喜んでもらえて良かった!」
 そして、すずの家で二日間過ごし寮に戻った。
「はぁ~!楽しかった!」
 私が言った。
「里奈が楽しんでくれて良かった。詩乃もとっても楽しかったって言ってたよ」
 荷物を整理して、私は図書室に向かった。
 図書室には、東堂君がいた。
「あ、東堂君」
 私が声を掛けると。
「あ、小栗さん……」
「どうしたの?顔赤いよ」
「えっと、その……俺さ。小栗さんのこと、好きなんだ!」
 それだけを言い残して、東堂君は図書室から、出て行ってしまった。
「……えー⁉」
 私は大きな声で叫んでしまった。
 幸いにも私しかいなかったので誰にも聞こえてはいなかったと思う。
 寮に戻ると。
「どうしたの?里奈、何かあった?」
 言ってもいいのかな。
「……じゃあ、一個すずに質問していい?」
 この前聞きそびれてしまったこと。
「いいよ!」
「すずって東堂君のこと好き?」
 すずが眉間にしわを寄せていた。
「うーん……好きか嫌いかって言われたらどちらでもないんだけど、前にも言ったけど、ホントに私は興味ない!正直言って」
 すずの顔はウソをついているようには見えなかった。
「で?どうしたの?」
「えっと、さっきね。東堂君に会って、『好き』って言われたの」
 見る見るすずの目が丸くなっていた。
「えー!ヤバいって!」
 そう言った後、すずは笑った。
「やっと、言ったんだね。東堂君」
「やっと?」
「うん。やっと。里奈は答え言った?」
「いや、言ってないの。なんて答えればいいのかわからなくて」
「答えなんて、もう出てるじゃん」
「……?もう出てるの?」
「うん。だって、言われた時に嫌な感じした?」
 嫌な感じはしなかった。
 ただ、困ってしまっただけ。
「いや?ただ……困っただけ」
「なら、里奈が誘拐されかけた時助けてくれたの嬉しかった?ドキドキした?」
「うん……」
「だったら、答えだせるんじゃない?」
「わ、わかった」
 答え、ちゃんと言わなきゃ。
 翌日、東堂君を図書室に呼び出した。
「あ、小栗さん……」
 私が待っていると音も無く、東堂君が入ってきた。
「東堂君、呼び出しちゃってごめんね」
「全然平気。……で、何を言ってくれるのかな?」
 緊張する。
「えっと、昨日の答えなんだけど、私も好き!東堂君こと好き!」
 私は顔を真っ赤にして、言った。
 私って、東堂君に興味なかったんじゃなかったっけ。
「……ありがとう。あー……俺的に長かった」
「何が長かったの?」
「んー……、なんていうか距離が縮まるまでっていうか。まあ、そんな感じ」
「てか、俺ら付き合う?」
「え、え?」
 これこそ、何て言えばいいの。
「うん……?」
 私は曖昧な返事をしてしまった。
「どっち?」
「……付き合う!」
 こうして、私のドキドキの学園生活が再スタートした。
 私と東堂君が付き合うことになったことをすずに話すと。
「へぇー!よかったじゃん」
「うん」
 こうして、教室に向かうと。
「ねぇ、なんか新しい机あるけど?」
 クラスの子が言っていた。
「転校生?私に続いて?」
 すずが言った。
「そうじゃん?この学園って転校生多いね」
 みんなで楽しみにしていると
「席につけー!皆が楽しみにしている転校生を紹介しよう!テンション上げて!!」
 先生、ハイテンション。
「入って来ていいぞ」
 先生がそう言うと。
 小柄な女の子が入って来た。
 同学年とは思えないくらい幼児のような顔をしている。
 身長も小さかったため、本当は小学生かって聞きたくなるほど。
秋川(あきかわ)笑真(えま)です。よろしく」
 秋川さんは、杖らしきものを持っていた。
 休み時間になると皆、秋川さんの席に行った。
「ねぇねぇ、その杖なに?」
 私が気になってたこと。
「これは、魔法の杖よ。あたしの家系は魔女なの」
 そんなの絵本にしかいないと思ってた。
「笑真ちゃんってどこから来たの?」
「ドイツよ」
「ドイツ⁉なんでドイツにいたの?」
「あたしのおばあ様はドイツにいて、お母様が体調を崩してしまってあたしは当分の間おばあ様のところで面倒を見てもらっていたのよ」
 皆、秋川さんのことに興味津々だ。
 お昼ご飯を食べに行こう。
 私はよく、人目のない木陰で食べている。
「──!」
 誰かの声がかすかに聞こえる。
 少し近くに行ってみると。
「なんで笑真がこの学園に来たんだ?」
「そんなの蓮がいるからに決まってんでしょ!」
 笑真ちゃんは、東堂君のことを『蓮』と呼び捨てにしていた。
「いや、俺がいるからってわざわざドイツから帰って来たわけないだろうな?」
 『東堂君がいるから』だとしたらものすごい理由な気がする。
「そうよ!蓮がいるから!」
「マジかよ……ビックリするわ」
「……ねぇねぇ、蓮ってカノジョっているの?」
 いきなりそんな質問。
「いるけど?」
「ウソでしょ?」
 笑真ちゃんの瞳が丸くなった。
「ホント」
「えー!ウソだよ!絶対!」
 幼い子供みたいにピョンピョン跳ねながら言った。
「じゃあ、俺、昼飯食べにいくから。笑真も食べろよー」
「ヤダヤダ!蓮と食べたい!」
 本当に幼い子供が駄々をこねるようだった。
「約束してるから。また後で」
 そう言って、東堂君は行ってしまった。
 それに続くように、秋川さんもその場から去ってしまった。
「……やっと、食べれる」
 私はお昼ご飯を食べ始めた。
 ガサガサッ。
「…⁉なに?」
 物音がした。
 なんだか、怖い。
「ふぅ……よっ」
「東堂君?なんで、ここにいるってわかったの?」
 ビックリした。
「食堂行こうとしたら、たまたま見えたから。てか、いつもここで食べてんの?」
「うん。……秋川さんは?」
「笑真?なんで?」
「あっ、さっき……ここで、話してるのが聞こえたの。勝手に聞いてごめん」
「全然大丈夫だよ。先に話しておくと、俺と笑真は幼馴染って間柄」
「そ、そうなんだ……」
 だから、呼び捨てにしていたのか。
 だけど、何故か引っ掛かりがある。
「……里奈には先に言っておくが、あいつ、気難しいヤツだから注意しといたほうがいいかも」
「そっか……って、今里奈って言った?」
「呼んじゃダメなの?付き合ってるんだし」
「ううん、いいけど。急すぎて、驚いたってだけ」
「じゃあ、俺のことも蓮って呼んで」
 蓮なんて、呼べるはずない。
「え、えぇー……?」
「嫌?」
「嫌っていうか……その、緊張しちゃうよ」
 緊張しすぎて、心臓止まっちゃうよ。
 寮で、すずと話していると。
「ねぇ、里奈は東堂君と秋川さんって子どんな間柄だと思う?なんか、距離近くない?」
「幼馴染みって言ってた」
「東堂君が?」
「うん」
 私はカフェテリアで紅茶を飲み休憩していると。
 秋川さんがちょこんと現れた。
「ねぇ、少しいい?」
「う、うん」
 私は公園に連れてこられた。
「……ねぇ、あなた。蓮のカノジョ?」
「そうだよ」
 秋川さんは悔しそうな顔をした。
「あたしの方が……あたしの方が蓮のこと好きだもん!」
 秋川さんの顔は本気だ。
「あたしと蓮は、幼稚園の時から一緒なの。皆、あたしが魔女ってこと信じてくれなくて……でも、その子たちから守ってくれたのが蓮なの。蓮はカッコイイの!だから、あたしはずっと蓮のことが大好きなの!あんただけには、絶対に譲れない!」
 秋川さんの気持ちは十分伝わってきた。
「秋川さんの気持ちは分かった。だけど……私は、東堂君のことが好きなの」
「あっそっ!あたし諦めないからね……!」
 私だって、諦めない。
 だけど……なんとなく申し訳ない気持ちが心を渦巻く。
 そんなこと考えてたら、諦めないって決めたのウソになる。
 放課後、図書室にいると。
「お、里奈……どうかしたか?」
 東堂君。どうかしたけど、言いにくい。
「なんでもないよ?」
 私は誤魔化した。
「……ホントに?」
「ホントに!」
 私と東堂君は、話しながら寮に戻ろうとすると。
「蓮!ちょっと来て!」
 そう叫んでいるのは、秋川さんだ。
「……ったく。ごめん。先行ってて。じゃあなー!」
 そう言って、東堂君は、秋川さんの所へ行ってしまった。
 秋川さんも東堂君も楽しそう。
「ちょっと……木陰に行こ」
 幼馴染みだから、仕方ないのかな。
「んーやっぱり、気になっちゃう!」
「……何が?」
「んー?って、うわっ!東堂君⁉」
 気になっていた、東堂君が目の前にいるし。
「だから、『東堂君』じゃなくて、『蓮』って呼べよ。ってそれじゃなくて、何が気になんの?」
「……蓮と秋川さんのことだよ」
 ボソッと呟いた。
「俺と笑真?」
「うん……」
 なんだか、涙が出てきそうだ。
 少しだけ挫けそう。
「どうして俺と笑真が気になるんだ?」
「なんだか、私といるより楽しそうだから……あはは、呆れるよね」
 そう言うと。
 蓮が私のことを抱きしめてくれた。
「里奈といて、楽しいことが増えたよ?ごめん。傷つけていたな」
 蓮が謝ることないのに。
 私は涙が溢れてきた。
「ありがとう。蓮……」
 カフェテリアで休憩をしていると
「ねぇねぇ、少しだけ時間もらっていい?何度も時間もらってごめん」
「う、うん」
 秋川さんに誘われ、公園に来ていた。
「……あなたに前、あたしは蓮のこと諦めないって言ったでしょ?」
「うん……言っていたよ」
「このまま諦めなかったら、あたし、きっと苦しくなっちゃうから……恋は諦める。あたしが言ってること矛盾しちゃうけどね。だけど……幼馴染みってことは変わらないから、仲良くするわ!じゃあねー!」
 笑真ちゃんはニッコリと笑い、行ってしまった。
『苦しくなってしまう』
 恋って難しい。
 恋は誰かが祝福されれば、誰かは傷つく。
 私は祝福された側、けれど秋川さんはどうだろうか。
 だけど、いつまでも誰かの事を心配していたら前に進めない気がする。
 秋川さんの優しさがとてもわかった。
 だけど、仲良くするっていうのは秋川さんらしいっちゃらしいか。
 私もスッキリした。
side/笑真
 小栗さんに蓮のことを諦めると伝えた。
 もちろん蓮のことは大好き。ずっとずっと好きだった。
 だけど、諦めないと。
 蓮が好きなのはあたしじゃない。
 それは、とっても悲しかったし、苦しくなってきた。
 でも、けじめをつけないと。
 蓮といることは楽しい。もっと一緒にいたい。
 けど、このままだと、小栗さんのことをたくさん傷つけて終わってしまう。
 蓮にも小栗さんにも嫌われたくない。
 なんだろうなこの気持ち。
 あたしは、誰の事も傷つけないで恋がしたかったのに。
「……そんなのは甘いわね」
 そう。本当は誰も傷つけないで恋をするなんて無理な話。
 誰かは傷つく。
 でも、ずっとそう言ってたら何も進まない。
 幼馴染みってことは変わらない。
 あたしは蓮とはずっと仲良くしていたい。
 小栗さんとも。
 秋川さんの事で頭がモヤモヤしているのがスッキリ晴れた気がする。
 図書室で本を探していると
「……里奈。ちょっといい?」
 蓮が目の前にいた。
「い、いいけど……?」
 いつの間にか図書室を出て、寮の前まで来ていた。
「あのさ、もう少しで中間テストじゃん?」
「うん」
「だから、俺の部屋で勉強会、今度しない?」
 ビックリして思考が停止した。
「え、え……?」
「あ、ダメだったか?」
「いや、違うんだけど……いつに勉強会するの?」
「今週の土日は?」
「いいよ、じゃあねー!」
 そう言い、私は寮に戻った。