「中学の合唱コンクールでさ。1つ上の学年にめちゃくちゃ指揮の上手い男子がいて。もうカリスマ、上手すぎて衝撃だったんだよね。もちろんそのクラスが優勝して。しかもプログラムの名前見たら、前原拓斗…って。タクトだよ、タクト。名前が“指揮棒”なの」
僅かに瞳の温度が上がり、声に抑揚が灯る。練習中のように。
「びっくりして本人に聞きに行ったら…お父さんが有名な指揮者の前原真也でさ。それで息子にタクトってつけたんだって」
前原真也。不意に紡がれたその名前を、俺は知っていた。最初に燈子先輩が指揮者だって聞いて、無意識に検索して出てきたうちの一人だ。確かにカリスマ性があり、しかもオーケストラ指揮の動画が多い中で珍しく合唱の指揮をしていたせいで、その後も何度か気になって前原真也の動画を見ていた。
「うまく説明できないんだけど、とにかく二人とも本当にすごい指揮者で。それからあたし、指揮者にハマって、いっぱい練習したり、勉強したりしていつの間にか音大に行こうって思ってた」
「音高には行かなかったんですか。勉強するなら、そういう専門学校とかもあったんじゃ…なんでそれが、東高に」
学区の反対側に、音楽コースのある高校があったはずだ。燈子先輩が東高に来てくれたから出会えたとは言え、俺には率直な疑問だった。
「それはねぇ~、親にも言われた」
燈子先輩は一瞬目を伏せて、しかしすぐに顔を上げる。かつてあった葛藤を振り切るように。
「高校選んでる時にね。文化祭見に来て、東高の合唱部だけ部員が指揮者をやってたから」
ざぁっ、と何度目かの風が河原を横切る。
「他はだいたい顧問が指揮を振ってるか、小さすぎて指揮者がいないアンサンブル演奏だけだったんだけどね…だから、ここなら指揮が振れるかもって、思って」
少しだけ肩をすくめた先輩を、俺は黙って見ていた。
同じじゃないか。俺と。
文化祭で決めた部活に入りたくて、受験を乗り越えて、東高に辿り着いた。違うのは、その部活があったかなかったか、ぐらい。
軽音部に入りたいなんて理由で高校を選び、入ったら軽音部はなく、代わりに入った合唱部でも翔太に「薄っぺらい」と罵られ…自分の高校生活なんてクソみたいなもんだなと勝手に落ち込んでいた俺は、燈子先輩ほどの人でも同じような理由で進学先を選んでいたことを知って、また勝手に親近感を覚え、安堵していた。
僅かに瞳の温度が上がり、声に抑揚が灯る。練習中のように。
「びっくりして本人に聞きに行ったら…お父さんが有名な指揮者の前原真也でさ。それで息子にタクトってつけたんだって」
前原真也。不意に紡がれたその名前を、俺は知っていた。最初に燈子先輩が指揮者だって聞いて、無意識に検索して出てきたうちの一人だ。確かにカリスマ性があり、しかもオーケストラ指揮の動画が多い中で珍しく合唱の指揮をしていたせいで、その後も何度か気になって前原真也の動画を見ていた。
「うまく説明できないんだけど、とにかく二人とも本当にすごい指揮者で。それからあたし、指揮者にハマって、いっぱい練習したり、勉強したりしていつの間にか音大に行こうって思ってた」
「音高には行かなかったんですか。勉強するなら、そういう専門学校とかもあったんじゃ…なんでそれが、東高に」
学区の反対側に、音楽コースのある高校があったはずだ。燈子先輩が東高に来てくれたから出会えたとは言え、俺には率直な疑問だった。
「それはねぇ~、親にも言われた」
燈子先輩は一瞬目を伏せて、しかしすぐに顔を上げる。かつてあった葛藤を振り切るように。
「高校選んでる時にね。文化祭見に来て、東高の合唱部だけ部員が指揮者をやってたから」
ざぁっ、と何度目かの風が河原を横切る。
「他はだいたい顧問が指揮を振ってるか、小さすぎて指揮者がいないアンサンブル演奏だけだったんだけどね…だから、ここなら指揮が振れるかもって、思って」
少しだけ肩をすくめた先輩を、俺は黙って見ていた。
同じじゃないか。俺と。
文化祭で決めた部活に入りたくて、受験を乗り越えて、東高に辿り着いた。違うのは、その部活があったかなかったか、ぐらい。
軽音部に入りたいなんて理由で高校を選び、入ったら軽音部はなく、代わりに入った合唱部でも翔太に「薄っぺらい」と罵られ…自分の高校生活なんてクソみたいなもんだなと勝手に落ち込んでいた俺は、燈子先輩ほどの人でも同じような理由で進学先を選んでいたことを知って、また勝手に親近感を覚え、安堵していた。