自信に満ちた、普段のテナーより幾分低めの声。ゆっくりと言葉を紡ぐ、その翔太の口元は不敵に笑い、しかしメガネの奥の瞳はいつも燈子先輩を見つめる練習中のようにただ真っすぐだった。
「達樹みたいに…恋愛とか、好きとか、そんな薄っぺらい気持ちじゃない。僕は燈子先輩がいなくても、先輩の音楽を愛し続けることができるんだ」
「う、薄っぺらいってなんだ!」
 突然反撃された俺は反射的に叫んでいた。
 遠くで雷が鳴ったような気がしたが、俺たちはもはや互いの言葉しか耳に入らない。
「燈子先輩がいなくなっても大丈夫だなんて、翔太のほうが薄っぺらいだろ!俺は翔太と違って燈子先輩『自身』が好きだから、いなくなったら寂しいに決まってるじゃないか!」

 ああ。

 言ってしまった。
 翔太の逆挑発に乗せられた。
 そうだよ。悪いかよ。俺は、燈子先輩のことが…。
「僕だって寂しいよ」
 しかし俺が自分の発した言葉を噛みしめる前に、翔太の言葉が殴りかかってくる。
「寂しいけど、これまで燈子先輩がくれた音楽が僕の中にはいっぱいあるからね…ずっと一緒だ。達樹は夏の間、燈子先輩の外側しか見てなかったんだろう? 僕が一番、燈子先輩の中まで知ってる…ぜーんぶ、僕の中にインストールされてるからね!!」
「違う、違う! 翔太こそ、燈子先輩の音楽だけ見て、本人を見てなかったんじゃないのか!? 俺は燈子先輩のサラサラの黒髪も、ちっさい背も、起伏のない普段の姿も、全部全部好きなんだッ!!」
 俺は必死に抗った。燈子先輩を想う翔太の手前、隠し続けてきた先輩への気持ち。しかし翔太の持つ感情が俺の思っていたのと違ったなら、俺にはもう隠しておく理由はなかった。
 だがそれを、翔太はいとも簡単に左右に避ける。
「だからそれが外側だっつってんの…髪だの身長だのなんて完ッ全に外見だし、燈子先輩が普段あまり感情を表に出さないのはなんでか分かる?」

 翔太はいつもそうだ。
 いつだって、俺よりはるか前にいて、俺が思い付く反撃を、全て見切って躱してくる。
「指揮を振ってるときが、一番素直な燈子先輩だからだよ」

 …なんだ、その、勝ち誇った顔は。

「燈子先輩が、一番ストレートに気持ちや感情を表現できるのが、指揮を振ってる時なんだ。だから、それを受け取るのが、燈子先輩の一番奥深くを、受け取ることになるんだよ!」

 直後、頬にポツ…ポツ…と夕立の兆しを感じた。