反論する元気はなかったが、俺は燈子先輩の歌声は天性の才能だと思いたかった。レッスンを受ける前の声は存じ上げないにせよ、俺に初めてこの河原で話しかけてきた燈子先輩の声は、俺の中で川瀬燈子そのものだ。
 尤も、自分(と記憶の中の燈子先輩)の世界に入り込んでしまっている翔太に、多少の声掛けは無駄な気はしたが。

 …翔太はいつも、俺より少し先にいる。
 俺の知らない合唱の知識や、燈子先輩の進路を知っていて、追いついたと思っても、実際にはまだ届かない。今も、「燈子先輩が気になってる」程度の俺に比べたら、自分の燈子先輩への思いをこんなに明確に自覚して、こうして他人に開けっぴろげることも厭わない翔太は、何倍も進んでいるような気がする。

 そして…既に将来の進路を見据えて自分を高みに追い込み続けてきたらしい燈子先輩の姿は翔太よりさらに進んでいて、部活すら先週決まったばかりの俺にとって、急にひどく遠い存在に思えた。