◇◆
「ヤーン、ヤンっ」
正装したレオさんが大きな薔薇の花束を抱えながら、レジカウンターの中にいる僕の元へ歩いて来る。
「……それ、どうしたんですか」
「デートだよ、デート。バレンタインに薔薇って女の子が喜びそうじゃない??」
「……バレンタインって女性が男性にチョコレート渡す日じゃなかったでしたっけ」
「なーに、言ってるんだよ。ヤンヤンったらすっかり感性が日本人に染まっちゃったのかな??」
「……意味がわからない」
「バレンタインはね、アメリカじゃあ男がプレゼントするのが主流なの。チョコじゃなくて、花とカード。愛の告白をするんだよ」
「知ってますよ、それぐらい」
「ヨーロッパでは男も女も関係ないんだぞ。お互いにプレゼントしあうんだからな」
「だから知ってますって。ちなみに中国では、男性から女性へプレゼントすることが主流ですよ。……それで、僕に何の用ですか?」
「何だよ、それ。ヤンヤンはつれないなあ。ほら、これ、―――」
「えっ??」
ラッピングされた一本の赤い薔薇を、レオさんは僕に押し付ける。
「ヤンヤン、春節前に中国に戻るんだろ?」
「そのつもりですけど……」
今年の春節は、2月18日から3月5日まで。明後日の午後に日本を発ち、年越しを家族で過ごした後、そのままアメリカへと留学する予定だ。
「どうすんのよ」
「どうするって……??」
「え、嘘だろ。まだ何も言ってないのかよ」
「何のことですかって……この薔薇、俺に??」
「何でお前に薔薇を贈んなきゃなんないんだよ。今日はバレンタインだぞ」
「だからわかってますって」
「コンビニでチョコ、売ってる場合じゃないんだよ。雫ちゃんが来たら、それを渡して、ひと先ず愛の告白でもしてみな?」
「はいいいい??」
「もう会えなくなるんだぞ。いいのか??」
「彼女とはそんな関係ではありません」
「なーに、言ってるんだよ。ずーっと好きだったくせに。雫ちゃんに被害が行かないように、上手いこと報告書纏めておいて、なーにが『そんな関係ではありません』だよ」
「あれはちゃんとした報告書ですっ」
「むっつりー。むっつりすけべ―」
「はああ?」
「ヤンヤンたら愛の告白もしないまま、黙って消えちゃうわけ??だっさ!! まじだっさっ!! 超絶ヘタレ。このまま離れちゃっていいんだ」
「……っ」
赤いコンバーチブルは雫の前から完全に消えた。
成田真由美には、宮城大輔の方から去る形で関係は終わったと報告書をまとめ、提出した。
彼女は雫の名前すら知らないまま、愛しい男がフリーになったことを手放しで喜んでいた。
これで依頼も解決。雫との接触も、もうお終いだ。
「バレンタインっていうのはな、愛の日なんだよ。おまえがチョコレートをあげたくらいで雫ちゃんの人生は何も変わらないんだよ」
「そりゃそうでしょ」
「だけどな、――」
レオさんが真面目な顔をして、僕の手を握る。
「報われる、報われない、っつーのはこの際どうでもいいんだよ。元気でいろよとかでもいいじゃないか。ちょっとした勘違いの意味を与えたっていいんじゃないの?」
「ちょっとした勘違いって……」
「ラブだよ、ラーブ」
「レオさんてほんと、馬鹿ですね」
「俺は常に真面目で一生懸命に生きてんの。むっつりなヤンヤンとは違うわけ」
「ひどいなあ」
「会えなくなるんだよ。これが最後かもしれないんだよ。自分の気持ちに正直になることが大切なんだ。ほら、今日はバレンタインなんだ。頑張ってみろ」
「……うん」
しっかりと受け取ってしまった1本の薔薇の花を見ながら、僕はつい頷いてしまったんだ。