どうしたって、川の流れには抗えないのだろうか。
 
 七月二十二日。
 太陽に当たりすぎたのか、翌朝私は気分が優れず、起き上がることができなかった。しかも全身が筋肉痛だ。
 本当なら、今日は那智と文化祭をする予定だったのに。弱い自分に腹が立つ。
 ああ。これで那智に会える日が一日減ってしまった。
 
 ——♪

 スマホの着信音が鳴った。表示された名前を見て、私は無意識に髪を触る。
 
「はい。もしもし」

「——もしもし? リオ?」
 
 耳元で那智の声がする。機械越しの少しくぐもった那智の声。

「ごめん、那智。今日行けなくて」

 那智には早朝、体調が優れないとラインをしていた。

「いいって。今日はやめとこう。ごめんな、昨日。暑い中長々と話し込んじゃって。俺のせいだ」

 ベッドの上で横になったまま、私は首を振る。見えやしないのに。

「那智のせいじゃない。大丈夫、しばらく横になってたら治るから。あーあ、せっかく文化祭だったのに……」

 電話の向こうで那智が笑った。

「楽しみにしてくれてたんだ?」

「……うん」

「それなら良かった。文化祭は明日やろうな。だから、今日はゆっくり休め」

 そう言って電話を終えようとする気配を感じ、私は慌てて声を出す。

「あっ……、待って!」

「え?」

 引き留めたものの、次の話題を用意していなかった。

「リオ?」

「あのさ、その……あ、明日! 明日はどこに行くの? 文化祭」

「明日? 聞きたい?」

「聞きたい」

 しょうがないなあ、と言って那智が笑う。

「じゃあ、特別に教えてやろう。明日は制服着てカラオケだ」

「え、カラオケ?」

 それじゃ普通のデートみたいじゃない。

「そ。でもいわゆるポップスは禁止だぞ? あくまで文化祭だからな。合唱曲縛りのカラオケだ」

「えー、何それ? 絶対合唱曲だけ?」

「当然」

 真面目な顔をしてカラオケで合唱している自分たちを想像して、思わず笑ってしまう。

「ほら、楽しそうだろ?」

 絶対、今ドヤ顔してるんだろうな、那智。
 
 那智と話しているうちに、いつの間にか私は眠ってしまった。明日のことを考えると、幸せな気持ちで眠りにつくことができた。
部屋に入ってきた母の足音で目を覚ますと、窓の外はすっかり日が暮れていた。どうやら丸一日眠ってしまったようだ。
 
「理央——。あら、あなたもう寝てるの?」

 もう、じゃなくて、まだ、でしょ。母は私に関心が無い。その関心の無さに私はいつも感心する。

「あー……、うん。眠くて」

 別に、仲が悪いわけじゃない。ただ、どこか他人みたいなのだ。私の家族は。

「そう」

「ていうか、何か用?」

 用事が無い限り、母が部屋に入って来ることはまずない。

「ああ、そうそう。引越しだけど、今度の日曜日だから。そんなに準備も無いだろうけど、一応伝えておくわ」
 
 ——日曜日。あと、二日後だ。
 
「なっ……なんで⁉︎ 来週って言ったじゃない! 次の火曜か水曜じゃないの⁉︎」 

 話が違う。どうして、そんな急に? どうして私に何の相談も無く? 私だって、私だって——。

「何よ、そんなに慌てて。転居先に予定より早く移れることになったのよ。これ以上この町に長居する必要も無いでしょう?」

「私にだって予定があるの! 勝手に決めないで!」

 母は呆れたようにため息を吐いた。私の嫌いな顔だ。面倒臭い場面に遭遇すると、母は決まってこの顔になる。

「悪かったわよ。でももう決まったことだから諦めなさい、理央。子供じゃないんだから」
 
 母が出て行った扉めがけて、ぬいぐるみを投げつけた。呆気なく弾き返されたぬいぐるみは、コロコロと虚しく床に転がる。抵抗したって無駄なのはわかっているのに。
 
 那智に会いたい。今すぐ会いたい。
 そう、思った。