「なあ、そんな怒るなって」

 三回勝負して三回とも転んで負けた私は、ふくれっ面でビーチボールに空気を吹き込む。

「べっつに? 怒ってないし?」

 それにしても、散々走った後でこの罰ゲームはきつい。全然思うように息が入らない。那智はそんな私を見ながら、少し困ったように笑う。

「ごめんって。でも手加減とかしたら嫌かなと思ってさ」

「それは絶っ対に嫌」

「だろ? だから本気で勝負した。ごめんな」

「だから、怒ってないってばっ」

 ぜえぜえ言いながら、ビーチボールから顔を離した。まだ三分の一も膨らんでいない。すると、那智は私の手の中からしょぼくれたビーチボールを奪った。

「貸してみ」

「えっ」

 それは。私が口を付けた――
 あ。と思った時にはもう、那智の唇はビーチボールに触れていた。ボールはみるみる膨らんでいく。こんなことで動揺して、私だけ馬鹿みたいだ。もう十七歳なのに、免疫が無いにも程がある。那智は何でもない表情をして、あっという間に空気を入れ終わってしまった。
 
「はい、リオ」

 ポン、と那智が私にボールを投げる。胸のあたりでキャッチした。私はそれをぎゅっと抱きしめる。

「じゃあ、ここからは球技大会な。いざ、ビーチバレー勝負!」

「バレーって……ネットも無いし、たった二人でどうやって勝負するの?」

「そんなの適当でいいんだって。二人でラリーして、先に落とした方が負けな」

「わかった。次は負けないからね。絶対次は那智に罰ゲームしてもらうんだから」

 私はボールを抱きしめたまま、そう意気込む。那智は大げさに笑ってみせた。
 

 ビーチバレーは二対一で私が勝った。ようやく那智に罰ゲームをさせる権利を得て、私はウキウキを隠せない。砂浜に敷いたレジャーシートの上で那智と並んで座りながら、水筒に入れてきた麦茶を一杯飲む。那智はペットボトルのスポーツ飲料をごくごくと飲んでいる。

「あーマジ最悪。バレーも自信あったんだけどな」

 悔しそうにする那智を見て、私はさっきの彼みたいに得意げに笑う。

「はい。じゃあ那智、罰ゲームね」

「わかったって。何なりとどうぞ」

 那智は苦笑した。
 いろいろ考えてみたけれど、私は那智のことをほとんど何も知らない。だから、これに決めた。

「那智の秘密、何かひとつ教えて」

「秘密?」

 那智は意外そうな顔をする。

「そんなのでいいのか? ジュース奢れとかでもいいんだぞ?」

「いいの。那智の秘密が知りたい」

 誰も知らない彼の顔を、私だけが知りたいと思ったから。

「……秘密、か。そうだな。じゃあ、リオにだけ特別に教えてやろう」

 ペットボトルの蓋をキュッと締めると、那智は真面目な顔で私を見た。

「うん」

「実は俺……日本人じゃないんだ」

「——え?」

 あまりにも予想外の秘密に、私は間の抜けた声を出してしまった。

「……何人なの?」

「ポルトガル」

「ポルトガル?」

「そう」

 顔はめちゃくちゃ真剣だ。とても冗談で言っているようには見えない。

「正確には、ポルトガル人とのハーフ。父親がポルトガル人なんだ。わりと有名な人らしいぜ」

「らしい、って? わからないの? お父さんのこと」

 何だかおかしな話だ。

「ああ。一度も、会ったことないからな」