本当は少し、怖かったんだ。君に秘密を打ち明けること。


 連絡先を交換したばかりの那智から、夕べ早速ラインが来た。

『明日の体育祭、朝七時に校門前集合!』

 校門前ということは、学校のグラウンドで何かやる気なのか。どこかの部活が練習に使うと思うんだけど、大丈夫かな……。気にはなったものの、あえて聞かずに『了解』とスタンプを返しておいた。

 それにしも、那智海路。ずいぶんと変わった人だ。でも、あんな人がクラスにいたらきっと楽しいんだろうなと思う。那智はきっと、周りを巻き込んで、盛り上げて、輪の中心にいるような人なんだろう。私とは大違いだ。昨日はすっかり那智のペースに乗せられて、どうして彼があの教室の私の席で寝ていたのか問い詰め損ねた。

七月二十一日は朝から快晴。絶好(?)の体育祭日和だ。
 朝からジャージ姿で出かけていく私に、両親は何も言ってはこなかった。両親は私が何処へ出かけ何をしようと、関心が無い。干渉されないのは楽だけど、親子関係ってどこもこんな感じなんだろうか。
 
 六時四十五分に校門前に到着すると、そこには既に那智の姿があった。

「おはよ、リオ。早いじゃん」

 那智も私と同じような上下ジャージ姿だ。昨日は気が付かなかったけど、結構背が高くて驚いた。並んで立つと、完全に見下ろされる形になる。

「おはよう。那智こそ、ちょっと早すぎない?」

「俺は基本十五分前行動なんだよ」

「私も」

 顔を見合わせて二人で笑う。

「んじゃ、行きますか」

 そう言うと那智は校門の中へ入るわけでもなく、予想外の方向へ歩き出した。

「えっ? 那智? どこ行くの?」

「海だよ。体育祭といえば海だろ?」

「何言ってんの? 体育祭だよ?」

「そっか、リオ知らなかったか。うちの高校は浜辺で体育祭するんだよ。すぐそこだから」

 聞いてない。確かに海が近い町だけど、そんなことがあるのか。普通は学校のグラウンドでやるものだと思うけど、地域によって違うんだ。
 
 那智の言う通り、海には歩いて十分程で着いた。沖の方では既にサーフィンをしている人たちの姿が見える。
 
「ねえ、那智は夏だったらどの時間帯が好き?」

 持ってきたレジャーシートを浜辺に広げながら、那智に聞いてみる。

「んー。夕方、かな」

 その答えを聞いて、私は少し落胆した。別に、がっかりするようなことじゃないのに。

「夏のすっげー暑い日のさ、陽が沈み始めるくらいの時間帯。暑さが和らいで、蝉とかも疲れ果ててさ。あの空気、なんかほっと気が抜けるんだよな」

「そうなんだ。朝が好きなのかと思った」

「なんで?」

「だって、昨日あんな早くから教室にいたし。あ、それ聞こうと思ってたんだった。ねえ、なんで昨日教室で寝てたの?」

「ああ、昨日は――ってリオ! シート飛んでる!」

「えっ? あ! ああっ!」

 油断したすきにシートが風に舞って、波打ち際まで飛んでいく。

「大丈夫。取ってくるから荷物持ってて」

 那智はそう言うと海に向かって走り出す。何とか波にさらわれる前に間に合った。


 砂浜にうつ伏せで寝そべると、暑くて汗が噴き出してくる。横目でちらりと隣を見ると、那智が真剣な顔で前を見据えている。その額には、私以上に大粒の汗が噴き出している。

「位置について、よーい……」

 那智が言う。

「ドンっ!」

 那智の声で、二人ほぼ同時に起き上がって走り出す。向かう先は、砂の山に突き立てたあの赤い旗。柔らかい砂に足をとられて、上手く走れない。それは那智も同じみたいで、今のところ互角の戦いだ。

「負けねえぞーーっ!」

 那智がスパートをかけ、私を突き放していく。必死で追いかけるも、無残に転んだ私の目の前で那智は旗をゲットした。

「よっしゃ! 俺の勝ち!」

「転んだ女子を放っていくとか酷くない⁉」

「真剣勝負だからな。それに柔らかいから大丈夫だろ?」

 那智はケラケラと笑って旗を振っている。絶対酷いと思う。確かに、柔らかい砂浜のお陰で転んだにもかかわらず私は無傷だけど。

「悔しいっ! 次いくよ次!」

 その後三回勝負をしたものの、ビーチフラッグは那智の全勝に終わった。それにしても、本当に高校の体育祭でビーチフラッグなんてあるんだろうか? 本当のところは、結局わからずじまいだった。