教室でリオと話をしている間も、小柴たちは姿を見せなかった。この状況も、もしかするとどこかで撮影されているのかもしれない。そう思ったが、俺は思いのほか彼女との時間を楽しんでいた。あの頃、真面目に高校へ通っていたら、こんな青春があったのかもしれない。リオのような可愛い彼女が隣にいて、その瞬間を目一杯楽しむことができたのかもしれない。

 高校生活でやり残したことをやろう、とリオに提案したのは俺だった。それはもちろん彼女の為だったが、半分は自分の為でもあった。リオはどうやら俺のことを同級生か何かだと勘違いをしているようだった。本当は十九歳の売れないタレントだなどと伝えて、距離を取られるのもせつない。俺は、黙っていることにした。どうせこの撮影が終わってしまえば、俺はこの町から出て行くのだから。

 リオと別れてからしばらくすると、どこに隠れていたのか小柴とスタッフたちが現れた。一体、いつからいつまで撮影されていたのか、さっぱりわからない。

「カイル。すげえ良かったよ。何て言うか、本当に高校生みたいで、自然だった。――ところで、あの子は知り合いか?」

「え? 女子生徒役のタレント……とかじゃないの?」

 リオは、役者でも何でもない、本物の女子高生だった。

 それからの日々は、本当に楽しかった。どこかで小柴たちに撮影されていると思うと滅多なことはできなかったが、俺はそんなことも忘れて純粋にリオとの夏を楽しんでいた。笑ったり怒ったりする彼女は可愛くて、自分が本当にリオの同級生だったらどんなに良いだろう、と何度も思った。

 完全に誤算だったのは、俺がリオに恋をしてしまったこと。
 彼女は両親の都合で昔から引越しを繰り返していて、来週にはこの町を去るとのことだった。それを知って、胸がざわついた。正体がバレてしまう前に、お互い町を出て行くのならむしろ好都合なのに、俺は激しく動揺した。離れたくない、と思った。

 リオと懐かしい商店街を訪れた日の夜、俺は急いで飛行機のチケットを二枚取った。行先はポルトガル、リスボン。成田からドイツのフランクフルトを経由するルートだ。まだ一度も行ったことはないが、心ではもう何度も旅した道程。ポルトガルに、リオを連れて行く。リオはきっと驚くだろう。でも、きっと喜んでもくれるはずだ。

 まさか、前日に小柴がアップした俺の動画が世間でバズっていたなんて、その時の俺は知る由もなかったんだ。

 動画は、教室のシーンと海のシーンが使われていた。そばに映っているリオは、もちろん顔がわからないよう上手く編集されていた。本当にこれは自分なのかと驚く程、俺は良い表情をしていた。「カイル」という役を演じていない、ありのままの「那智(なち)海路(ひろみち)」がそこにいた。

 僅か五分程の短い動画は、耳馴染みの良い音楽と相まって美しい作品に仕上がっていた。動画サイトにアップすると、すぐに反響があった。瞬く間に動画はSNS上で拡散され、驚きの再生回数を叩き出した。誰にも認知されていなかった自称・俳優のカイルは、一夜にして「謎のイケメン俳優」となったのだった。

 小柴が言うには、芸能界ではスピードが大事なのだそうだ。
 まだ夜も明けきらない時間帯から、小柴の元には動画に関する問い合わせの連絡が殺到した。この俳優を是非取材したい。インタビューをしたい。コメント動画を撮らせてもらえないか。ミュージックビデオに出演してほしい――。何がウケるか、世の中本当にわからない。何年もくすぶっていたのに。何度オーディションを受けても駄目だったのに。たった五分の動画で、俺の人生はガラリと変わってしまった。

「カイル! お前、自分が何言ってるかわかってんのか⁉ こんなチャンス、もう二度とないかもしれないんだぞ⁉」

 約束の日。俺は、飛行機のチケットと青いシャープペンが入ったバッグを肩に掛け、滞在先の部屋を出ようとした。もちろん、リオに会う為だ。

「わかってるよ。いいんだ、別に。俺は有名になろうだなんて思ってない。ポルトガルで父親を探す金さえ出来れば、仕事なんか何だって良かったんだから」

「お前……! そんなこと本気で言ってんのか⁉ 事務所や社長がどれだけお前のことを思っているかわかってて言ってんだろうな⁉」

「……社長や、小柴たちには感謝してるよ」

「それならお前の取るべき行動は一つだ! 今すぐ東京へ戻って、取材を受けろ!」

「嫌だ。俺は、このままポルトガルへ行く」

海路(ひろみち)! いい加減にしろ! いつまでそんな馬鹿なこと言ってるんだ⁉ お前の父親はポルトガルになんかいないだろ⁉︎ お前の父親は、とっくに亡くなってーー」

「黙れ――!」

 小柴に掴みかかった俺を引き剝がすように、スタッフが俺たちの間に割って入った。
 その後のことは、あまり良く覚えていない。俺が投げたスマホが壁にぶつかって粉々に割れたことだけは覚えているが。

 こうして俺は、リオとポルトガルへ行くことを諦めてしまったんだ。