公園を後にした私たちは再び電車に乗って、いつもの校門前まで帰ってきた。待ち合わせも、解散も、同じ場所だ。昨日までと違うのは、私と那智が手を繋いでいるということ。
校門の前で足を止めると、那智はスッと絡めた手を解いた。
もう少しだけ、一緒にいたい。そう思ったのに、その台詞は喉の奥でつかえてしまう。
「リオ、明日は何時頃出発する?」
空いてしまった左手が、心許ない。
「多分、午前中には。タクシーで空港まで向かうから」
今度暮らす場所は、海が近くて温暖なこの町とは違い、雪が多く寒いところだという。
「そっか……。あのさ、行く前にもう一度だけ会えないかな、明日。リオに渡したいものがあるんだ」
「いいけど……。何? 渡したいものって」
「それは秘密。シャープペンもその時返すな」
「あ。忘れてた、シャープペンのこと」
那智に出会った三日前のことを思い出す。まだ、たった三日しか経っていないなんて。もうずいぶん長い間、那智と一緒にいる気がする。どうしてもっと早く、私は那智に出会うことができなかったんだろう?
「じゃあ、朝六時くらいでもいい?」
私が聞くと、那智は笑った。
「もちろん。絶対行くから」
「うん。待ってる」
だけど、那智は来なかった。
約束の時間を過ぎても現れない那智を、私は高校の門前で待ち続けた。十五分、三十分、一時間。ラインを入れても既読は付かず、電話にも出なかった。八時近くになり、夏休みの部活動の為に生徒が登校し始めたけれど、那智は現れなかった。
九時前になり、ようやく電話が鳴った——母だった。
私は、諦めた。
那智に何かあったのかもしれない。
事故? 病気?
だけど、もはや私に確かめる術など無かった。
「——理央! ほら、急ぎなさい!」
母に急かされながら、私は空港のロビーを小走りする。私の帰りが遅かったせいで家を出発するのがギリギリとなり、なんとか空港には到着したものの飛行機の搭乗時間が迫っていた。
いつもの私なら流されるだけなのに、今ははっきりわかる。
私は、行きたくない。
ぴたり、と足を止める。少し前を歩く母がそれに気付いて、私の方を振り返った。
「理央⁉︎ 何やってるの? 急ぎなさいって!」
苛立った声で母が私を呼ぶ。その声に、搭乗口の辺りにいた父がこちらを振り返る。
「走りなさい理央!」
「……かない」
「え⁉︎ 何⁉︎」
母の苛立ちがピークに達する。私は、大きく息を吸った。
「私、行かない! 行きたくない! 私はあの町に残りたい。卒業まで学校に通いたい……!」
「いい加減にしなさい!」
怯まない。流されない。もう、諦めない。
「お願い、お母さん。お願いします!」
「駄目に決まって——」
「理央」
父が、母を片手で制した。母以上に、普段から父とは言葉を交わすことは少ない。
「お前は、それで後悔しないか?」
父の顔に笑顔は無い。でも、怒っているわけではなさそうだ。挑まれているような、そんな顔。
「絶対にしない。でも、今飛行機に乗ってしまったら私はきっと一生後悔する」
それだけはわかる。
私の前に立ちはだかる両親に向かってそう告げると、二人は顔を見合わせた。
父の口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ、ように見えた。
「——わかった。それなら、好きにしなさい。学校には連絡しておく」
校門の前で足を止めると、那智はスッと絡めた手を解いた。
もう少しだけ、一緒にいたい。そう思ったのに、その台詞は喉の奥でつかえてしまう。
「リオ、明日は何時頃出発する?」
空いてしまった左手が、心許ない。
「多分、午前中には。タクシーで空港まで向かうから」
今度暮らす場所は、海が近くて温暖なこの町とは違い、雪が多く寒いところだという。
「そっか……。あのさ、行く前にもう一度だけ会えないかな、明日。リオに渡したいものがあるんだ」
「いいけど……。何? 渡したいものって」
「それは秘密。シャープペンもその時返すな」
「あ。忘れてた、シャープペンのこと」
那智に出会った三日前のことを思い出す。まだ、たった三日しか経っていないなんて。もうずいぶん長い間、那智と一緒にいる気がする。どうしてもっと早く、私は那智に出会うことができなかったんだろう?
「じゃあ、朝六時くらいでもいい?」
私が聞くと、那智は笑った。
「もちろん。絶対行くから」
「うん。待ってる」
だけど、那智は来なかった。
約束の時間を過ぎても現れない那智を、私は高校の門前で待ち続けた。十五分、三十分、一時間。ラインを入れても既読は付かず、電話にも出なかった。八時近くになり、夏休みの部活動の為に生徒が登校し始めたけれど、那智は現れなかった。
九時前になり、ようやく電話が鳴った——母だった。
私は、諦めた。
那智に何かあったのかもしれない。
事故? 病気?
だけど、もはや私に確かめる術など無かった。
「——理央! ほら、急ぎなさい!」
母に急かされながら、私は空港のロビーを小走りする。私の帰りが遅かったせいで家を出発するのがギリギリとなり、なんとか空港には到着したものの飛行機の搭乗時間が迫っていた。
いつもの私なら流されるだけなのに、今ははっきりわかる。
私は、行きたくない。
ぴたり、と足を止める。少し前を歩く母がそれに気付いて、私の方を振り返った。
「理央⁉︎ 何やってるの? 急ぎなさいって!」
苛立った声で母が私を呼ぶ。その声に、搭乗口の辺りにいた父がこちらを振り返る。
「走りなさい理央!」
「……かない」
「え⁉︎ 何⁉︎」
母の苛立ちがピークに達する。私は、大きく息を吸った。
「私、行かない! 行きたくない! 私はあの町に残りたい。卒業まで学校に通いたい……!」
「いい加減にしなさい!」
怯まない。流されない。もう、諦めない。
「お願い、お母さん。お願いします!」
「駄目に決まって——」
「理央」
父が、母を片手で制した。母以上に、普段から父とは言葉を交わすことは少ない。
「お前は、それで後悔しないか?」
父の顔に笑顔は無い。でも、怒っているわけではなさそうだ。挑まれているような、そんな顔。
「絶対にしない。でも、今飛行機に乗ってしまったら私はきっと一生後悔する」
それだけはわかる。
私の前に立ちはだかる両親に向かってそう告げると、二人は顔を見合わせた。
父の口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ、ように見えた。
「——わかった。それなら、好きにしなさい。学校には連絡しておく」