金曜日
「ひゃー。今日は雨すごいね」
教室に入ると、中では翔太がスポーツタオルで頭をがしがしと拭いているところだった。菜乃もタオルハンカチで袖のあたりをぱたぱたと払った。
今日は補習の最終日だ。やっと明日から自由な夏休みを満喫できる。
そのはずなのだが。
「けっこう濡れたな」
翔太は顔を拭いながらぽそりと呟いた。
ーーもう、おしゃべりできなくなるのかな。
翔太とはクラスが違う。接点がない。
「そうだねー……」
菜乃の声は自然と小さくなった。
「ん?」
よく聞こえなかったのだろう、わずかに翔太が身を乗り出す。
「うわっ」
急に近くなった距離に、菜乃は必要以上に動揺した。
「……そんなに驚かなくても」
少し不服そうに翔太は眉を寄せた。菜乃は焦った。
そうじゃない、嫌だったんじゃなくて。
焦る菜乃の目に、翔太の髪が目に入った。がしがし拭きすぎたからだろう、ぴょこんと立っている。
「あ! 秋山。頭すごいよ!」
動揺を隠そうと、明るい声でその髪に手を伸ばすと、翔太は勢いよく飛び退いた。
「ーー触るな」
びくりと菜乃は手を引っ込めた。
ーー怒られた。
菜乃はだんだん目頭が熱くなってきた。
それを見て、翔太はいつになく慌てた。
「違う。触らないで欲しいのは、そうじゃなくて」
その顔が赤い。
ーーん?
菜乃は涙が引っ込んだ。
ーーもしかして、照れてる?
翔太はそのまま黙り込む。
菜乃もなぜかとても気恥ずかしくなってきて、黙り込んだ。
ーー何か言ってよ。
菜乃は「雨すごーい」とわざとらしく大声を出し、目を窓の外に逸らした。