選択授業が終わって(おか)に戻ると、すっかり夕方だ。
 菊水島自然の家に戻ると夕食になり、入浴を済ませて夜の集いを終えると今日の選択授業のことを話し合う。夏帆は隣のベッドにいる空野零(そらのれい)が訊かれた。
「ねぇねぇ草薙さん、お姉ちゃんから聞いたよ。今日のダイビングでホホジロザメに会ったんだって?」
 二つ結びの黒髪ロングで夏帆以上の背丈に豊満な乳房を持ち、上品な美貌とスタイルに反してお転婆な空野零に夏帆はもしかしてと口にする。
「まさか空野さんって名前のダイビングインストラクターさん、もしかして空野さんのお姉さん?」
「うん、和泉(いずみ)って名前だけど、大学卒業してすぐ家を飛び出して姿を眩ましてあたしにだけ連絡してくるのよ」
 零は苦笑しながらスマホを見せると、空野さんはインスタグラムに自分と一緒に泳ぐホホジロザメの写真を投稿しており、既に話題になってネットのニュースにも上がっていた。
「結構無茶する人だったわね」
「そうなのよお姉ちゃんったら、人生は一度きりだから全力で楽しまなきゃって……色々無茶するのよ」
 零の言葉にこの異世界で二度目の人生を送ってる夏帆には後ろめたい気がした。
 サメに食べられるかもしれないのに躊躇うことなく一緒に泳いだのだ、話を耳を傾けると妹の零の方も中学卒業と同時に、内地から敷島に来て寮で暮らしてるという。
 結構チャーミングでユーモラスな人だったねっと思ってると、LINEの通知が鳴る。
 誰からだろう? スマホを見ると美由からで個人のLINEからでこれは珍しかった。
 零も興味あるのか訊いてくる。
「前の学校の友達?」
「うん、美由ちゃんからなんて珍しいわね」
 いつもは夏帆、妙子、美由のグループチャットだ。
『夏帆ちゃん、転校先って敷島の汐ノ坂高校だったよね?』
『うん、そうだよ』
『あたしね、同い年の従兄がいるの。その子が通ってる学校が汐ノ坂高校なの』
『へぇ~凄い偶然、人って意外なところで繋がってるんだね。実は今日一緒に潜ってホホジロザメと泳いだインストラクターさん、クラスメイトの女の子の姉なんだって』
 夏帆はインスタグラムのリンクを貼ると美由は驚きのスタンプを送ってくる。
『ええ凄い! サメ大きい! 夏帆ちゃんの言う通りかもしれないね、あたしは夏帆ちゃんや妙ちゃんとの繋がり大事にしたいわ』
 夏帆は思わず返事するのを躊躇う、今思えばどうして薄情で冷たい態度で接したんだろう? もうあたしのことなんて忘れていいはずだったのに。
 夏帆は無難な返事で半ば強引にやり取りを終わらせる。
『そうだね、もうすぐ消灯だから』
『おやすみ、消灯後のガールズトーク楽しんでね』
 美由はおやすみのスタンプを送ると、夏帆は自己嫌悪と後悔に苛まれて苦い表情になるのを堪える。
 あの内気な美由ちゃんのことよ、個人のLINEで送ってくるなんてよっぽど勇気が必要だったのかもしれない。スマホを握り締めると、隣で零が香奈枝とお喋りしてるのが耳に入る。
「――香奈枝はアマテラスオープンフェスティバル行く? 私はお姉ちゃんと回る予定、香奈枝はもしかしてあの幼馴染みのイケメン君と行くの?」
「まあ喜代彦には漏れなく優が着いてくるけどね、ねぇ夏帆は――どうしたの夏帆?」
 香奈枝に言われるまで気付かなかった後悔と罪悪感、自己嫌悪に苛まれた苦い表情が堪え切れなくなっていることを。
「えっ? ああごめん香奈枝ちゃん……」
「草薙さん大丈夫? 凄く思い詰めた顔してたよ」
 零の方も心配した表情で見つめると、夏帆は隠し通せないと悟って後悔の念を溢す。
「うん……ただ、前の学校の……内地の友達にもっと遊んでおけばよかったって後悔してるの――」
 入学式のあの日、美由は精一杯の勇気を振り絞って誘ってくれた。断ろうと思えば断ることだってできたはず、もしかしたら妙子もあたしの心の奥底を見抜いてたかもしれない。
「――どうせ一年で転校しちゃうからって、心を閉ざしてた……それでも美由ちゃんと妙ちゃんはあたしを陽の当たる青空の下に連れ出してくれたの」
「陽の当たる青空の下……クサイ台詞!」
 零はニカッと笑って夏帆の頬を指で突き「ひゃっ!」と短い悲鳴を上げ、零が諭す。
「そんな暗い顔で後悔するくらいなら、会いに行けば?」
「そうよ、内地まで遠いけどパスポートなしで行けるんだし、ゴールデンウィークは厳しいかもしれないけど夏休みまでにアルバイトでお金貯めれば飛行機代くらいならいけるんじゃない?」
 香奈枝の言う通りだ、飛行機で七時間はかかるが内地までは国内線扱いだからパスポートは要らない、もしお金貯められたらワンランク上の座席座っちゃおうかな? 夏帆は決意を秘めた眼差しで微笑む。
「いいね、臨海学校終わったらアルバイト探さなきゃ……そして美由ちゃんと妙ちゃんに会いに行くわ!」
「そうそう、でもその前にさ……アマテラスのオープンフェスティバル一緒に行こう! 空野さんはお姉ちゃんと行くみたいだけどあたしは喜代彦と行く約束したわ、まだ誘ってないけど多分優も付いてくると思うよ」
 香奈枝はそう言うと優のあの寂しげな表情が思い浮かび、夏帆は告げる。
「じゃあ、水無月君はあたしの方から誘ってみるわ」 
「……わかったわ、任せる」
 香奈枝は気持ちを汲んだのかそれだけ言って頷くと、零は夏帆を数秒見つめると何かを察したかのように興味津々の目でニタァと笑みを見せる。
「ねぇねぇ水無月君のこと、聞かせてくれる?」
 ああ、これは色々聞かれる奴ねと夏帆は思わず苦笑の形で笑みを返して頷いた。

 翌日はまる一日を使ってクラスごとに別れてマスドライバー基地――菊水島国際宇宙基地の見学だった。
 ガイドさんの説明によるとマスドライバーの全長は一五キロ、この島を貫くように長いレールはカタパルトになっていてリニアモーターで単段式宇宙往還機(SSTO)を打ち上げ、ロケットの一段目として加速させるという。
 アマテラス建設時には資材を宇宙に運んでいたが、今は軌道エレベーターでは載せ切れない大容量の貨物や人員、他の軌道エレベーターの建設資材を運ぶのに使われてるという。
 見学を一通り終えると、宇宙基地にある見学者用のホールに二年生が集まって講演会が開かれた。
「――明日の正午に打ち上げられるSSTOには糸川(いとかわ)宇宙望遠鏡が搭載されており静止軌道で展開して放ち、ラグランジュ2に向かいます。そして未知の恒星系――つまり別の太陽系、そしてその周りを回る太陽系外惑星を見つけて観測して居住可能惑星、二つ目の地球発見を目指します――」
 講演をしてるのは特別豪華で担任の米島隼人先生の弟、米島涼(よねしまりょう)だ。
 整った髪に黒縁眼鏡をかけた知性的な顔立ちの美男子で、扶桑皇国出身としては最年少宇宙飛行士だ。アマテラスオープンの日、軌道エレベーターの運搬機(リニアクライマー)に乗って宇宙に行き、静止軌道上にある宇宙ステーションで往還機に乗って月に向かうという。
「――説明は以上です、皆さん何か質問はありませんか?」
 夏帆は米島宇宙飛行士の話しに耳を傾け、横目で見るとここでも敷島電鉄グループ企業のロゴマークを見つけてミミナちゃんもきっと誇らしいだろうなと思いながら、視線を米島宇宙飛行士に向けると吉澤君が勢い良く何度も手を挙げ、スタッフにマイクを渡されると講演とは関係ない質問をする。
「先日交際を発表した声優の草原葵(くさはらあおい)さんとはその後どうですか!?」
「はい、プライベートな質問に関しましては残念ながらお答えしかねます」
 間髪入れず米島宇宙飛行士は笑顔でお断りし、生徒たちは笑い声を上げる。
 先日、彼と声優の草原葵が高校時代から付き合ってることをSNSで発表したのだ。
「最後に、このマスドライバーや敷島本島の軌道エレベーターは、地球と宇宙を繋ぐだけではありません。軌道エレベーター同士を繋ぐオービタルリング計画、月面や火星基地建設や太陽系外惑星探査、そして宇宙に浮かぶ無数の星々……そしてそこに住む人々へと繋ぐ架け橋でもあります。それを実現するのに大切なのは……人と人の繋がりです」
 米島宇宙飛行士の「人と人との繋がり」という言葉に今の夏帆の胸に突き刺さって俯く、内地にいた時は美由と妙子との繋がりを意識してなかった。
 だけど……繋がりはまだ切れてない! 美由ちゃんも、妙ちゃんも、あたしとの繋がりを保とうとしてる、だから……今度はあたしから歩み寄らなきゃ! 夏帆はそう決意するとまずはここにいる友達との繋がりを深めようと決意した。