「でも、先輩は受験生ですよね。そんな暇ないんじゃないですか。医学部の受験って難しいって聞いてますし」

「医者と決めてるわけじゃないけどな」

 来栖先輩のお父さんが医者だから、わたしはそのあとを継ぐのだと勝手に思い込んでいた。違うのかな?

「他にやりたいことがあるんですか?」

「とくには将来の夢なんてものはないから、親のいうように医者になるとは思うけどな」

 ずいぶん軽く考えてるんだな、とわたしは思った。一年生ならともかく、三年生ともなれば受験はもう目の前。

 医学部なんてわたしのイメージなら、毎日勉強しないと合格は難しいように感じる。

「情けないよな。高三にもなって、親の敷いたレールしか歩けないっていうのは」

「みんなそんなものだと思いますよ」

「実はさ、遥に声をかけたのもそういう理由なんだよ」

「どういうことですか?」

「医者になるための準備っていうか覚悟っていうか。その、遥は目が見えないだろ。そういう女子と触れ合ってみたかったんだ。普段から大変な思いをしているような人と一緒にいれば、医者としての自分が見つかるかもしれない、そんなふうに考えてさ」

「そうだったんですか」

「なんか悪いな。でも、遥と一緒にいて楽しいのは事実だぞ。いろんな意味でな」

「いえ。気にしないでください」

 とくにショックを受けたりはしなかった。
 むしろ、なんだ、そんなことかという感じで、ほっとしたところもある。

 でもいろんな意味ってどういうこと?

「それで医者になりたいとは思ったんですか?」

「さすがにまだわからないな。大学に行くのは決めてるけど、どこに行くかは迷ってるんだよな」

 これだけのんびりしているということは、来栖先輩は頭がいいのかもしれない。

「医者を目指したほうがいいと思いますよ。誰でもなれるものでもないですから」

「そうだな。結局、そうなるんだろうなとは思ってるんだけどな」

 わたしが本当は目が見えるって知ったら、来栖先輩はどう思うだろう。

 嘘をついていることに、申し訳ないという気持ちもある。
 コンプレックスプランが終われば、わたしがそうではなかったということもばれてしまう。

 怒られるかな?来栖先輩の将来に関わることだもんね。後で謝ろう。来栖先輩なら笑って許してくれる気もするしね。

 近くからテンポのいいメロディーが聞こえた。テーブルに置いている来栖先輩のスマホの着信音みたいらしかった。

 来栖先輩が誰かと話している。
 相手は友達らしい。

 いまなにしてるのかとか、夏休みの予定とか、そんな感じのこと。

 会話はしばらく続いていて、わたしはこっそりとあくびを漏らした。