中学生時代、橘先輩はクラスメートから言葉の暴力を受ける日が続いていて、そこから逃げ出すために自分に好意を抱いていた同級生の女子に頼ったという。

 その女子のお兄さんがいわゆる近所でも有名な不良だった。

 やがて橘先輩をからかう同級生はいなくなったけど、悪い噂も同時に広まってしまって、橘先輩の立場はどんどん不安定になっていったという。

「わたしと慎は教室が離れていたし、中学に入ってからは自分を変えようと思って部活を始めたから慎の変化には気づかなくて、やけに学校を休むなとか最初は軽く考えていた。柄の悪い連中と付き合ってると知ったときはすごいショックで、自分のことを責めたことをよく覚えているよ」

 自分を助けてくれたのに、慎が辛いときにはなにもしてやれなかった、倉田先輩はそう呟くように言った。

「そんなに、 いじめはひどかったんですか?」

「そうだと思う。ただ、いじめだけで非行に走ったとは、実際のところいえないのかもしれない。家族の問題も関わっていたのかもしれないからね」

「家族の問題、ですか」

「そんなに詳しくは聞いたことないんだけど、あいつの母親、あんまり慎のことを愛していないらしいからさ」

「そうなんですか?」

「昔は溺愛してたらしいけど、やけどができてからはそのことばっかいわれるようになったらしいね。あいつには弟もいるし、そっちに愛情が流れたのかもしれない」

 信じられない。そういうことがあったからこそ、親の愛情が必要になるのに。

「ま、高校に入る頃までにはなんとか、軌道修正してたけどね。わたしを含めた友達が何度も話し合いを重ねたから」

「それでも、すべてが納得できたわけではないんですよね。わたしに対する復讐心は確実に残っていた」

「またそうやって自分を責める。良くないよ、そういうの。あんたがいくら罪悪感を感じても、慎との関係は進まないんだからね」

 倉田先輩はわかってない。

 もう、わたしと橘先輩との関係はなにもないということを。