橘先輩の怒りは本物だった。顔をはっきりと見なくてもわかる。
 長年の恨みを晴らすためには、それだけの計画が必要だったのかもしれない。

 ただ、デートのときのことを冷静に思い返してみると、二人で過ごした時間のすべてが嘘だったようには思えない。
 あのときの橘先輩の優しさも否定することはできない。

「そんなに深刻に悩まなくてもいいんじゃないの?時間が経てばまた元に戻るかもよ」

「そうは思えませんけど」

「わたしからもいっとくよ。いつまでも過去にこだわっていても仕方がないって」

 倉田先輩の親切は、わたしの心を少し軽くしてくれた。
 このまま一人で家に帰っていたら、もっと精神的なダメージを受けていたのかもしれない。

「それにしても、あんたがあの事故の関係者だったとはね。そこから慎があんたに興味をもったことは間違いなさそうだね」

「倉田先輩もあの事故のことは知ってるんですか?」

「直接は知らないよ。わたしが帰国したのはあの事故の後だったから。引っ越し先の近くでこういう事故があったというのは両親から聞いてはいたけどね」

 倉田先輩はどう思ったんだろう。
 橘先輩のやけどの話を聞かされたとき、どう対応したんだろう。

「慎がわたしに親切にしてくれたのも、そういう理由だったわけよ。言葉のコンプレックスに悩むわたしを、やけどの跡がある慎は見捨てておくことができなかったんだよ」

 橘先輩が優しい人だというのはわかった。
 でも、だからといってわたしに対する憎しみまでもが消えるわけじゃない。

「橘先輩がやけどのことで悩んでいたのは事実なんですよね」

「そうだね。慎はもともと大人しいタイプだったから、やっかいな連中にからまれても反論できなかったらしいわね」