「ご、ごめんなさい」

 謝ってどうにかなる問題ではなかった。

 ただ、それ以外にわたしのできることなんてなかった。

 これまでの橘先輩の半生を思い浮かべると、わたしの胸は締め付けられるようだった。

 わたしのように事故の恐怖を忘れることができず、やけどの跡で周囲からからかわれる。過去から逃れて続けたきたわたしとは正反対の人生だった。

 橘先輩は誰とも付き合ったことがない。それもきっと、やけどの跡が残っているからだ。そのコンプレックスが恋愛に向かうことを臆病にさせている。

「本当に、ごめんなさい。わたしのせい、ですよね。わたしがあの日、外出さえしなければ橘先輩がそんな目にあうこともなかった」

 涙が溢れだしても、視界はほとんど変わらなかった。暗闇に包まれていた。

 橘先輩がいまどんな目でわたしを見ているのかもわからなかった。それがとても悔しかった。

「許せませんよね、わたしのことなんか。当然だと思います。橘先輩の苦しみを考えれば、謝ってすむ問題でないことはわかっています。でも、でも、わたしには他にできることがないんです」

 告白も、購買部や図書室や通学路、そして街に行ったときの出来事もすべてが嘘だった。

 橘先輩はずっと怒りをこらえて、わたしに復讐するタイミングを見計らっていた。わたしだけがなにも知らずに浮かれていた。

「う、また……」

 橘先輩のうめくような声を聞いて、わたしの涙は唐突に止まった。

「橘先輩? 大丈夫ですか?」

 わたしが恐る恐る訊ねたとき、屋上のドアが開いた。

「おいおい、橘くん、こんなところで女の子泣かしちゃダメじゃないか」

 そんな男性の声とともに、靴音がこちらへと近づいてくる。

「……来栖?」

 という橘先輩の声。知り合いの男子らしい。