「あ、あの、橘先輩があの事故に遭って、辛い思いをしたのはわかりました。でも、橘先輩は生きています。わたしをそこまで憎む理由はないはずです」

「確かに、あのバスには他にもたくさんの子供が乗っていた。そのなかのぼくだけがここまで恨みを抱くというのは不思議に感じるのかもしれない。でも、ぼくにとってあの事故は決して過去のものではないんだ。体に刻まれた事故の記憶が、いつまでも消えることはないからだ」

「……体に刻まれた事故の記憶?」

「きみも和久井から聞いただろう。ぼくは中学生のころ、悪魔と呼ばれていた。それがなぜかわかるかい?」

「いえ」

「さすがに、そこまでユマもしゃべらなかったんだ。なら、ぼくから直接教えてあげるよ。ぼくの体にはあの事故で負ったやけどの跡がいまも残っているんだ。そして、それが悪魔のような姿に見えるんだよ」

 やけどの跡が悪魔……。

「このやけどの跡は消えない、と医者の先生からはいわれたよ。ぼくはショックだったけど、小学生のときはまだよかった。あの事故の悲惨さを周りが知っていたから、ぼくを気遣う人のほうが圧倒的に多かった。
 でも、中学校にはいろいろなところから集まる生徒がいて、ぼくの過去に遠慮をする必要がなかった。やけどの跡をバカにされることが珍しくなくなった。彼らには悪意はなかったのかもしれないけど、ぼくはひどく傷ついた。そして気づけば、悪い連中とつるむようになっていたんだ」

 橘先輩の声には、苦々しさが混ざっていた。

「あの事故さえなければ、とぼくは何度も思った。このやけどは永遠に消えることはない。高校生になってまともな道に戻っても、その気持ちは変わらなかった。そんなときにきみと出会った。これは、なにかの運命に違いないとぼくは思った。ここで行動を起こさなければ一生後悔する、そんな焦りに突き動かされるようにして、ぼくはきみに告白をした」

 わたしが、橘先輩の人生を狂わせた。

 わたしが、動物園になんか行ったから、あの事故は発生して、橘先輩はやけどを負うことになった。